「理想」を提示するところから
「ストーリー」が始まる

――相手にとっての「理想の姿」の仮説を立てて、そこに至るための課題を提案するのは素晴らしいと思うのですが、「理想」という部分に関して、しっかりヒアリングするのではなく、こちらで仮説を立てていくのは、相当難しくないですか。

麻野:もちろん簡単ではありません。だからこそ、ここで大事になってくるのが「顧客事例」です。わかりやすいのが「ライザップ」のテレビCMです。ライザップでは、太った人が痩せた姿になっていく「ビフォー・アフター」を見せますよね。

つまり「あなたたちも、こんなふうになりたいですよね」と顧客事例を使って理想を提案しているんです。

これがもし「ヒアリングをしっかりしないと、それぞれの人が望んでいる理想の体型なんてわかりません」ってことだったら、あんなCMにはならないわけです。つまり、ライザップは「あなた、こんなふうになりたいですよね」という理想の仮説を思い切ってぶつけてきているんです。

それがもし「共感を得られる顧客事例」に基づいた「理想の仮説」だとしたら、相手は「そうだ、そんなふうに私もなりたい」(理想)と思うでしょうし、「そのために、こんな課題がありますよね」(課題)という提案にも乗ってきます。そこからストーリーが始まるわけです。

ストーリー営業において、それぞれの顧客に合わせた「顧客が共感しそうな事例」をいかに引っ張り出せるか。ここがすごく差がつくところなんです。

――「顧客が共感しそうな事例」を引っ張り出せるようになるためには、まず何から始めればいいですか。

麻野:最初にぜひやってほしいのは「1枚シート」を作ることです。自分の商品やサービスを買ってくれたお客様に「どんな課題があったのか」「商品を買ってくれた理由」「実施した内容」「どんな効果があったのか」を聞いて、それをまとめておくんです。

たとえば、生命保険を買ってくれたお客様だったら「もともとどんな課題があったのか」「保険に入る前は、どんなことに不安を感じていたのか」「どうして、当社の保険に加入してくださったのか」「実際に、どんな保険を選んだのか」「今、どんなことがよかったのか」を聞いてみるんです。すると、一つの顧客事例ができあがりますよね。

そうなると、また別の「保険をどうしようかな」と思っているお客様に対して「私の担当しているお客様が、あなたと同じ20代の独身女性なんですが、もともとこんなところに不安を感じていらっしゃったんです。それで、こんな理由で、こんな保険を選んでくださって、今は、こんなふうに喜んでくださっているんです」と話せば、「ああ、私もそこに不安を感じている」「そんなふうに安心したい」と感じてもらえるかもしれません。

そういった「顧客事例」をいかに自分で持っておけるか。さらには、それぞれの顧客に対して魅力的な事例を示すことができるのか。これがものすごく大事なんです。

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■著者紹介
麻野耕司(あさの・こうじ)
株式会社ナレッジワークCEO

1979年兵庫県生まれ。2003年慶應義塾大学法学卒業。同年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。2010年、中小ベンチャー企業向け組織人事コンサルティングの執行役員に最年少(当時)で着任。気鋭のコンサルタントとして、成長企業の組織変革を手掛ける。2016年、国内初の組織改善クラウド「モチベーションクラウド」を立ち上げ、多数の大手企業に導入。国内HRTechの牽引役となる。2018年同社取締役に就任。2020年、「できる喜びが巡る日々を届ける」をミッションに、株式会社ナレッジワークを創業。2022年、「みんなが売れる営業になる」を実現するセールスイネーブルメントクラウド「ナレッジワーク」をリリース。営業ナレッジの展開や営業ラーニングの提供を通じた営業生産性の向上や営業力強化を支援する。主な著書は『THE TEAM』(幻冬舎)、『すべての組織は変えられる』(PHP研究所)。
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