ビジネスやフィクションに与えた大きな影響

 ビジネス寄りの影響の例では、アップルが初代マッキントッシュを発売した1984年に放映した伝説のテレビCMがある。

 人々が管理されていることがうかがえる、暗い世界。大スクリーンで、ビッグ・ブラザーを思わせる人物が演説中だ。そこに、躍動感あふれる女子アスリートが登場し、ハンマーを投げ付けてスクリーンを打ち砕く。CMなのに商品の詳細は説明されないまま、商品名だけが発表され、「あなたはなぜ1984年が『一九八四年』のようにならないか、分かることになるでしょう」と締めくくられる。リドリー・スコット監督が手がけた映像美も芸術的で、名作との評価が高い。

 一方、近年では、21年にマイクロソフトのブラッド・スミス社長がBBCのインタビューで、「『一九八四年』の教訓がいつも心にある」と本作に言及しながら、監視社会の実現が近づいていることに警鐘を鳴らしている。40年近く前にアップルが「打ち砕いた」と表現した未来像を、今また「あり得る近未来」と捉えているのだ。

 Orwellian(オーウェリアン)という単語は、全体主義的なものを表す形容詞として辞書にも載っているぐらいで、本作が英語圏の文化に与えた影響はかなり大きい。<新語法(ニュースピーク)><二重思考(ダブルシンク)><思考警察(ソートポリス)><101号室>といった、本作由来の言葉は、さまざまな小説、映画、漫画などに取り入れられているだけでなく、舞台設定、プロット、コンセプトなどあらゆるレイヤーで参照され続けている。

 最近の話題に触れておくと、22年5月にNetflixでシーズン2が配信されて人気を博しているアニメ『攻殻機動隊SAC_2045』では、『一九八四年』の設定が参照されている。また、同じ5月にSFアンソロジー『2084年のSF』(日本SF作家クラブ編,早川書房)が出版された(筆者も各篇解説で参加している)。23人の作家が、2084年という1984年の100年後をそれぞれ描いたアンソロジーだが、『一九八四年』と直接関係のない短篇も多く、ディストピアだけでない多様な未来が妄想されているので、ぜひ読んでみてほしい。