「静かで控えめ」は賢者の戦略──。そう説くのは、台湾出身、超内向型でありながら超外向型社会アメリカで成功を収めたジル・チャンだ。同氏による世界的ベストセラー『「静かな人」の戦略書──騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』(ジル・チャン著、神崎朗子訳)は、聞く力、気配り、謙虚、冷静、観察眼など、内向的な人が持つ特有の能力の秘密を解き明かしている。騒がしい世の中で静かな人がその潜在能力を最大限に発揮する方法とは? 著者にZoomインタビューを敢行、同書について存分に語ってもらった。(取材・構成:田中裕子、写真:Wang Kai-Yun)
いきなり高圧的に怒鳴られたら?
――仕事では、内向的な人が感情的になっている同僚や取引先を相手にしなければならないこともあるかと思います。そういったシーンでは、どのように対処すればいいでしょうか。勢いに押され、パニックになってしまいそうです。
ジル・チャン(以下、チャン):大事なのは「自分のペースを乱されないこと」です。緊迫感のある状況においても、自分の思考のペース、話のペース、リアクションのペースを守る。怒っている相手のペースに巻き込まれないことが大切です。
あるエピソードをご紹介しましょう。
ずいぶん前のことですが、当時わたしはチームマネジャーを務めていました。
あるとき何の説明もなく会議室に呼ばれて行ってみると、となりの部門の人が立ったまま激しく怒っていたのです。
それだけでも内向型のわたしにとっては十分に緊張を強いられる状況ですが、次の瞬間、その人がわたしに対して高圧的に怒鳴りはじめました。
わたしの思考はシャットダウン。完全にフリーズしてしまいました。
冷静な一言で「状況の整理」を促す
部屋にはわたしの部門のメンバーもいたのですが、どうやら彼はその部下に不満を持っていたよう。そこにマネジャーであるわたしが入室したので「責任者があらわれたぞ」とばかりに怒りをぶつけたらしいのです。
あまりの剣幕にしばらく気圧されていましたが、怒声が途切れたとき、同席していた彼のマネジャーに身体を向け、わたしはこう言いました。
「すみません。それでいま、いったいどういう状況なんでしょう?」
あとから聞いたところによると、その一言で空気ががらりと変わったそうです。
「感情的な議論」に巻き込まれない
わたしが非常に落ち着いた、しかしきっぱりとした口調だったことで、そのマネジャーは、自分の部下が別部門のマネジャーに怒鳴り散らしているという異様な現状にはたと気づいたようでした。
同時に、わたしが状況を知らずにいることも理解した。そして、部下をマネジメントできていなかったことをわたしに詫びたのです。
このエピソードからも、「巻き込まれないこと」の重要性がわかると思います。
まずは自分だけでも冷静になる。一歩引いて、状況を分析し、相手が黙るまでじっと考える。
相手がどれだけ感情的になってもいても、それに同調してはいけません。相手と同じように強い態度に出たり、怒鳴り返したりするのは逆効果です。
最終的に相手が黙るまで考える時間にあて、体制を立て直せば、「自分の土俵」に持ち込めるはずです(インタビュー第2回「『ストレスに強い人』『弱い人』考え方の1つの違い」参照)。相手の土俵に出向くのではなく、自分の土俵に相手を呼び込みましょう。
――そうして冷静に応対することで、相手も落ち着いてくるものですか?
チャン:そうですね。そもそも、怒りのモードに入っている人は伝えたいことや主張があるはずです。こちらが落ち着いて対応することで「言いたいことを論理立てて伝えないと意味がない」と気づくのか、だんだんと冷静なモードに切り替わっていきますよ。
交渉は「戦略」が命
――本書ではチャンさんのアメリカでの活躍が語られていますが、アメリカでのビジネスというと、だれもがタフな交渉を交わしているイメージがあります。コミュニケーションが不得手な内向型人間にとって、交渉を成功させるために必要なことは何でしょうか。
チャン:本にも「静かな人が『もっとも周到』なことは多い」と書きましたが、交渉はなによりも準備、そして戦略がものを言います。そして、これらは内向型人間の得意分野でもあるのです。
参考までに、わたしが交渉の準備をするうえで考えることは次の3つです。
まず、交渉相手の誰が決定権を持つかを探っておくこと。意思決定のキーマンが何を大事にしているのか、何が重要だと考えているのかを調べて、プレゼンの順番やアプローチを考えます。
2つ目が、分析やリサーチに十分な時間を使ってプランを練ること。選択肢の中で「自分たちの提案がいちばんいい」ということを説得できる材料を見つけ、穴がないよう論を組み立てます。
最後が、説得がうまくいかなかった場合に備えて、次善のアイデア、いわゆる「プランB」を考えておくことです。メインのプランとはまったく違う切り口のアイデアを1つ用意しておくと、交渉が行き詰まったときに打開できます。
交渉というのは、たいていの場合、事前に準備することができるものです。ですから、当意即妙な受け答えを苦手とする内向型の人でも、不利に働くことはないんです。
「相手も満足できる案」を考えられる
――明るく積極的な性格でも、内気で控えめな性格でも、交渉のテーブルでは関係ないわけですね。
チャン:ええ。むしろ内向型は相手のニーズに敏感なので、双方が満足できる提案を考えることも得意です。相手が求めることを捉える「傾聴力」や、「深い関係を結べる力」も、交渉の場においては役立ちます。
とくに、大勢の人に強くアピールする必要のない、意思決定者が絞られる商談の大詰め段階は、冷静に思慮深い話のできる内向型の領分と言えるでしょう。
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第1回「無口でも評価される人」と「軽んじられる人」の1つの違い
第2回「ストレスに強い人」「弱い人」考え方の1つの違い
第3回【雑談がラクになる】「ちょっとした会話」に使える話題ベスト3
第4回 うるさい「高圧的な人」を一発で黙らせるシンプルな一言
第5回「謙虚でも自然に評価される人」がしている1つのこと
ミネソタ大学大学院修士課程修了、ハーバード大学、清華大学でリーダーシップ・プログラム修了。ハーバード・シード・フォー・ソーシャル・イノベーション、フェロー。アメリカの非営利団体でフィランソロピー・アドバイザーを務める。過去2年間で行ったスピーチは200回以上に及ぶ。15年以上にわたり、アメリカ州政府やメジャーリーグなど、さまざまな業界で活躍してきた。2018年、ガールズ・イン・テック台湾40アンダー40受賞。本書『「静かな人」の戦略書』は台湾でベストセラー1位となり、20週にわたりトップ10にランクイン、米ベレットコーラー社が28年の歴史で初めて翻訳刊行する作品となり、第23回Foreword INDIES「ブック・オブ・ザ・イヤー」特別賞に選出されるなど話題となっている。現在は母国の台湾・台北市に拠点を置きながら、内向型のキャリア支援やリーダーシップ開発のため国際的に活躍している。