地球を30億年以上も支配している微細な生物。宇宙でもっとも危険な物質だった酸素。カンブリア紀に開花した生命の神秘。1度でも途切れたら人類は存在しなかったしぶとい生命の連鎖。地球が丸ごと凍結した絶滅から何度も繰り返されてきた大量絶滅。そして、確実に絶滅する我々人類の行方……。
その奇跡の物語をダイナミックに描きだした『超圧縮 地球生物全史』(ヘンリー・ジー著、竹内薫訳)を読むと世界の見方が変わる。読んでいて興奮が止まらないこの画期的な生物史を翻訳したのは、サイエンス作家の竹内薫さんだ。
そこで、「まるでタイムマシンで46億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った」とあとがきにも書いている竹内さんに、本書の魅力について語ってもらった。今回は、地球上の生物を支配している3つの要因についてお伝えする。
(取材・構成/樺山美夏、撮影/梅沢香織)
生物の大量絶滅と人類
――もともと酸素がなかった地球でバクテリアが光合成をはじめて酸素が豊富になり、それまでいた生物が酸化して大量絶滅した話は本書ではじめて知りました。
一方、大量の岩石の風化で二酸化炭素が吸収されて地球が凍った絶滅もあります。生物にとって酸素と二酸化炭素のバランスは本当に大事ですね。
竹内薫(以下、竹内):人類は18世紀後半の産業革命以降、石炭や石油を利用し続けて大量の二酸化炭素や汚染物質を発生させてきました。
けれども著者は、マントル・プルーム噴出によってペルム紀に地球上の生物がほぼ死滅した史上最大の大絶滅に比べれば、人類が地球に与えた影響は針ほどで気にも止まらないほどだと述べています。
加えて、人口増加によって人類が大量に存在したことも非常に短い期間で終わるだろうと。
人類が絶滅する要因
――本書では、「人口は今世紀中にピークを迎え、その後減少へと転じる」と書かれています。そしてやがて絶滅する、と。
竹内:そうなる要因をいくつかあげていますよね。
まず遺伝的な多様性が足りないこと。そして地球の気温上昇と自然災害の急増による生息地の喪失。
人間の行動や環境変化による少子化。その他さまざまな問題が組み合わさって人類は絶滅する。
それも、地球の生物史38億年の歴史で考えるとわずか一瞬のことです。
我々の祖先のヒト属が出現した約50万年前から考えても、人為的な生態系の変化が急激すぎる。
数万年かけて地球環境が変わっていくなら、これほど問題は深刻にならなかったと思います。
でも、100年足らずで環境が急変すると生態系がついていけません。
この100年で4倍以上に増えて、さらに2050年には97億人になると予想されている人口爆発。地球温暖化による自然災害や環境変化の影響で少なくなっていく生息地の問題。
当然、農業の対策や、次々に発生する感染症対策なども、それらの急激な変化に追いつかなくなるでしょう。
EVの問題点
――すでに世界的な水不足は問題視されるようになっています。
竹内:今ようやく世界の人々が危機感を覚えはじめて、地球の変化を食い止めようとする動きが出てきています。
カリフォルニアで大規模な山火事が起きたときは、ハリウッドスターも被害に遭いましたし、自然災害で経済的ダメージを受ける大企業やお金持ちもいるでしょう。
地球環境の変化は、格差に関係なく人類すべてに影響を与える問題ですから、世界中が脱炭素に取り組む方向に向かいはじめました。
テスラの電気自動車(EV)も、最初は「誰が買うんだろう?」と思っていましたけど、またたくまに広がりましたからね。
――ヨーロッパや中国の各メーカーも積極的に販売するようになって、今では世界の新車発売の10%がEVになっているそうです。
竹内:ただ、EVの電気を石炭、石油、天然ガスを使う火力発電に頼っていたら意味がありません。
EVは環境にやさしいと思われがちですが、電気エネルギーの問題を解決しなければ二酸化炭素は大幅には減らせないんですね。
本気で脱酸素を目指すなら原子力発電を使ったほうがいいということで、中国やインドなど新たに原子力発電所を建設している国もあります。
しかし、日本は福島で原発事故が起きたので、国民のコンセンサスを得るという難問が立ちはだかります。
エネルギー源にまつわるリスク
――東京都は、新築建物への太陽光パネル設置を2025年から義務化するようです。
竹内:太陽光パネルの問題は発電量が少ない点です。原子力一基分(100万KW級)の電気供給を代替するためには、山手線の内側の広さ(58平方キロメートル)の太陽光パネルが必要なんですね。
山を削って太陽光パネルを設置した地域では、大雨で土砂崩れが起きてパネルの大量破棄の問題が浮上しました。
要するに、どんなエネルギー源もリスクがつきものなので、どれを活用するにしても国民の意見は一致しないと思います。
二酸化炭素を深海に?
――回収した二酸化炭素を凝縮して深海の海底に貯留する研究も進んでいます。そのうち宇宙に二酸化炭素を排出する技術も開発されるのでは? と突拍子もないことまで想像してしまいました。
竹内:ロケットは大量の二酸化炭素を排出しますし、打ち上げるだけで相当なお金がかかりますからね。
たとえば1キログラムの物をロケットで運ぶだけで100万円かかったりするわけです。
そういった問題を考えると、やはり海底に埋め込むほうが効率的でしょう。
ただ、先進国のなかには1人当たりのエネルギー消費量が減少している国もあるとこの本に書かれています。
イギリスとアメリカでは、1人当たりのエネルギー消費量は1970年代にピークを迎えて、2000年代まではほぼ横ばい、それ以降は急激に減少しています。
特にイギリスでは、過去20年間で1人当たりのエネルギー消費量が4分の1近く減少しているので、他の国が後に続けば脱炭素化はもっと加速するかもしれません。
酸素は人類の味方であり敵でもある
―― 一方で、酸素も地球最初の絶滅の原因でした。生物の呼吸には酸素が必要ですが、確かに「酸化」は人体に悪影響を及ぼします。
酸素は人類の味方でもあり敵でもあるわけですね。
竹内:人間が死んでいく主な原因も酸素です。私たちの生命を維持するためには酸素が不可欠ですが、活性酸素は細胞を傷つけてさまざまな疾患をもたらします。
僕は自転車が好きなので、いつも思いっきり酸素を吸いながら走らせていますけど、大量に吸い込んだ酸素によって細胞を傷つける可能性も高まるはずです。
つまり、楽しく自転車に乗れるのは酸素のおかげである反面、酸素のせいで寿命を縮めるリスクも負っているわけです。
人類を待ち受ける運命
――もうひとつ、生命の維持に欠かせないのは太陽の光です。これも多すぎても少なすぎても困りますが、太陽の明るさは着実に増していくと本書にありました。
竹内:約100億年と言われている太陽の寿命はあと半分残っていて、これから50億年は輝き続けます。
人類やほ乳類はそのずっと前に絶滅しますが、本書で詳しく説明しているように、植物や菌類はずっと生き残るでしょうね。
それでも、太陽の熱で焼かれる可能性が増せば、ほとんどの生命は地中や深海に生息してさらに生き続けるだろう、と著者は述べています。
――地球でもっとも長く生き続けてきたバクテリアが、結局、最後まで生き残るとは。バクテリアの生命力ってどれほど強いんだ!と思いました。ところで著者は、人類が生き残りをかけて宇宙へ永住する可能性にも触れていますが、どう思われましたか。
竹内:アメリカは、2024年までに月面着陸の有人宇宙旅行を目指すアルテミス計画を進めています。
月に基地を作る目的は、火星に行くためです。なぜなら、重力が強い地球から行くより月から行くほうがはるかに楽だから。
火星に行くのは、将来的に移住するためでもあるでしょうし、地球と同じような資源が火星にもあると期待されるからです。
しかし、人類がいつの日か別の星に移住できたとしても、絶滅する運命であることに変わりはありません。
だからこそ、今あるものを守りながら快適に生きることが大切だ、という著者の最後のメッセージに共感する人は多いと思いますね。
【大好評連載】
第1回 【東大卒サイエンス作家が教える】生物史は大量絶滅の連続…人類が絶滅する決定的な理由とは?
第2回 【東大卒サイエンス作家が教える】生物の進化に革命を起こした臓器ベスト6
第3回 【東大卒サイエンス作家が教える】生物史で解明された「ヒトは不倫する生き物」の衝撃理由
一九六〇年東京生まれ。理学博士、サイエンス作家。東京大学教養学部、理学部卒業、マギル大学大学院博士課程修了。小説、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。主な訳書に『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(ロジャー・ペンローズ著、新潮社)、『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』(ジル・ボルト・テイラー著、NHK出版)、『WHAT IS LIFE? 生命とは何か』(ポール・ナース著、ダイヤモンド社)などがある。
著者略歴:ヘンリー・ジー
「ネイチャー」シニアエディター。元カリフォルニア大学指導教授。一九六二年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学にて博士号取得。専門は古生物学および進化生物学。一九八七年より科学雑誌「ネイチャー」の編集に参加し、現在は生物学シニアエディター。ただし、仕事のスタイルは監督というより参加者の立場に近く、羽毛恐竜や最初期の魚類など多数の古生物学的発見に貢献している。テレビやラジオなどに専門家として登場、BBC World Science Serviceという番組も制作。このたび『超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)を発刊した。