社会全体の問題は
お金では解決できない

対談Photo by H.K.

田原 日本の労働生産性は、主要先進7カ国(G7)では最下位と非常に低く、国連機関が発表した「世界幸福度ランキング2022」でも、日本は先進諸国の中で最低レベル。生産性も低く、幸福度も低い。これについてどう思いますか?

田内 宮台真司さん(東京都立大学教授、社会学者)がよく言ってますが、現代社会は「包摂性」を失っていると。

 かつての日本は、大家族だったし、農村や、農村でなくても自分の田舎があって、帰るところがあった。個人と社会の間に、地域社会のような会社以外の人間関係があって、それが緩衝材になっていた。ところが、それが核家族化や資本主義の浸透で、「金銭の授受」なしに助け合える人間関係や社会がなくなってしまった。金の切れ目が縁の切れ目になっているんですね。

田原 僕は子どものときに、近所のどこかしらの家で夕食を食べていました。家で食べなくても、どこかの家が食べさせてくれたんです。

田内 拡大したGDPの数字というのは、「何でもお金で解決する社会になってきた」ことを表しています。

 どういうことかというと、「GDPを増やす」ためには、お金を使えばいい。だから、特定の仕事を切り出して、お金という対価を得られる労働という形で、外に出せばいいということになり、これまで家庭内(例えば服を縫うなど)や地域社会で解決していたことを、どんどん外注して外に出していくようになりました。

 そうやって仕事を外部化して、労働に価格がつくことが、すなわち「GDPを増やす」ことでした。分業が進んで、専門性が高くなり、得意なことを得意な人が集中的にやって、効率的にものをつくれるようになって、GDPが上がった。賃金も上がって生活が豊かになっていった。経済が成長した。

対談Photo by H.K.

 けれども、何でもかんでも外に出していった結果、本来、バリューのあった人間関係をカウントせずに、GDPだけ増やし続けて、人間関係というのは置いていかれてしまった。人間関係を希薄にしてしまった。それが今の日本の姿です。

 そもそもお金というのは、知らない人にも手伝ってもらえる、そのための道具にすぎなかったはずです。しかし、単純に「お金を増やす」ことだけが目的になり、お金なしでも悩みを相談したり、困りごとに対して助け合える関係がつくれなくなってしまった。これで幸せになれるはずなんてないんです。

田原 田内さんが書いたこの本(『お金のむこうに人がいる』)のメインテーマでもある、「社会全体の問題はお金では解決できない」ということですね。

田内 はい。無人島にお金を持っていく人はいないですよね。実はこれはすごく重要なことで、お金で問題が解決するように見えても、実際は「お金をもらっている人が働く」ことで問題が解決しているんです。このことを見落としてはいけません。

 解決すべき問題が大きくなったとき、たとえばコロナ禍で病床が逼迫(ひっぱく)したり、医療が提供できなくなったりということが起こる。自分ひとりだけが困っているなら、お金を払えば医療従事者は助けてくれるかもしれません。でも社会全体が困ると、働く人自体が足りなくて、どんなにお金があってもどうしようもない。

 国外の人にお金を払って来てもらうという方法もあります。家の外や国の外など、自分たちの「外側」に対してお金を払うことで手伝ってもらい、これまで何とか問題解決ができていた。お金があれば何とかなると思っていた。でも、社会全体には「外側」はありません。お金があっても、社会全体の問題は解決できないんです。お金さえ調達すればなんとかなるという考えは、本当にばかげていると思います。