陸将の再就職ともなれば、年収1000万円はくだらないが、永平寺で支給されるのは一日300円。それでも、土井氏の決意は変わらなかった。「これまでの人生をリセットし、和尚としてまた一から歩いていくためには、永平寺で修行しなければ……」。そんな思いで寺門をくぐった。

 永平寺の朝は早い。午後10時ごろに就寝し、午前2時半ごろには起床。午前3時45分から座禅が始まるが、朝ご飯は午前8時半ごろになってから。出されるのはおかゆ一杯に漬物、ごま塩のみと質素なもので、昼食や夕食も十分な量とは言えなかった。それなのに、雑巾がけなどの雑務はたくさん。「腹の皮が背中につくという表現の意味を知った」と振り返る。修行開始時に65キロだった体重は、わずか十日余りで6キロ落ちた。かっけにもなった。

 自衛隊では、「相手の目を見て話し、聞く」としつけられてきたが、永平寺では「相手の顔を見て話すのは無礼な仕草」とされている。つい目を見てしまい、「何か文句があるのか!」と何度も年下の僧たちから怒鳴られた。座禅時には警策も容赦なく受けた。それでも、「自衛官の経験があるから楽勝だった」と笑って話す。

 修行を重ねても、58年間の人生で培った自意識はなかなか消えなかった。教えがすっと身に入らなかったこともある。それでも1年の修行の末、一つの教えにたどり着いた。「諸悪莫作 衆善奉行(諸悪を作すなかれ、衆の善を奉行せよ)」。「悪いことをせずに善いことをせよ」とのシンプルな教え。この言葉が土井氏の心の支えになった。