哲人と青年、インドネシアに現る──。インドネシアの出版社が主催するイベント「Ruang Tengah Festival」に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』の著者である岸見一郎氏と古賀史健氏がオンラインで登壇しました。毎年開催されるこのイベントは、インドネシア全土から作家、読者、出版社が集う文学祭です。2022年のテーマは「#Reading Asia」ということで、アジア各国から多くの作家やジャーナリストが招かれ、さまざまなトークセッションが開かれました。
岸見氏と古賀氏のセッションは、参加者からの質問におふたりがその場で答えていくというもの。著者と直接話せる貴重な機会に、会場や配信視聴に集まった読者からは数多くの質問が寄せられました。日本とは言語も文化もまったく異なる人たちは『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』を読んで何を感じ、著者にどんな疑問をぶつけたのか? 白熱したインドネシア読者との「対話」の3回目は、自分を好きになることの大切さについて。(第1回第2回もあわせてお読みください)(構成/水沢環 初出:2022年8月28日)

世界的ベストセラー『嫌われる勇気』の著者がインドネシアのイベントに登壇岸見一郎氏(上段左)と古賀史健氏(上段右)。イベントの最後には会場に集まった参加者たちと記念撮影。

アドラー心理学はどこまで理解されているか?

司会 会場に来られている方からも質問を受けたいと思います。ではDさんどうぞ。

Dさん よろしくお願いします。私は、アドラー心理学はまだ新しい考え方だと感じています。岸見先生はもう30年以上アドラー心理学を研究されていますが、昔と比べて、日本のみなさんにアドラー心理学は浸透してきたと思われますか? それともまだ受け入れられていないのでしょうか?

岸見一郎(以下、岸見) まだ抵抗をおぼえる人がいるのが事実だと思います。『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』に対しても「話はよく分かるけれども、実践するのが非常に難しい」という感想が多いですし、多くの人が理解し実践できているとはなお言いがたいという印象を受けています。

世界的ベストセラー『嫌われる勇気』の著者がインドネシアのイベントに登壇岸見一郎(きしみ・いちろう)
哲学者
1956年京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。アドラー心理学の新しい古典となった『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』執筆後は、国内外で多くの“青年”に対して精力的に講演・カウンセリング活動を行う。訳書にアドラーの『人生の意味の心理学』『個人心理学講義』、著書に『アドラー心理学入門』『幸福の哲学』などがある。

古賀史健(以下、古賀) そうですね。僕も、まだ定着しているとは言えないと思います。アドラー心理学は自分を変えるための心理学ですから、「自分が変わる準備」ができたときに読むとスッと納得できる。一方、まだ変わりたくないと思っている人にとっては抵抗を感じるところが多い心理学なのかもしれません。同じ人であっても、いま読むのか、10年後に読むのか、読むタイミングによって、受け入れられるかどうかが変わるのだと思います。

「ノー」と言う勇気

司会 ふたたびZoom参加の方からの質問です。こちらは私が代読させていただきます。「相手の言葉にはっきりと『ノー』と言ってしまうと、相手に嫌われたり、自分勝手な人だと思われたりすると思います。『ノー』と断る意思を伝えるときに、他の人からポジティブに映る方法はあるでしょうか?」

古賀 「ノー」を言うときって、感情的になる人がとても多いです。だからこそ、感情的に反発するのではなくて、「こういう理由であなたの言うことにノーと言っています」と理由までセットで伝えられるとずいぶん印象が違うと思います。ただノーと伝えるだけでなく、ちゃんとそのあとに「ビコーズ」をつけて、理由まで語っていく。それが大事なのではないでしょうか。

岸見 「ノー」と言ったときに、相手がどう思うかは相手の課題です。それをまず理解しましょう。その上で、「ノー」を伝えても言葉できちんと理由を説明すれば理解してくれるだろう、という相手への信頼が必要だと思います。

人間の最大の不幸は「自分を好きになれないこと」

司会 それでは最後の質問です。Zoom参加のEさんからお願いします。

Eさん こんにちは。では、質問させていただきます。周囲の人、たとえば大切な人から嫌われたとしても、幸せに生き続けることはできるでしょうか?

古賀 人間にとって最大の不幸は、自分を好きになれないことです。大切な人から嫌われたときに悲しいのは、誰かに嫌われた結果、「自分のことを好きでいられなくなる」からなんですよね。「こんな自分に価値はないんじゃないか」と、自分を受け入れる気持ちが弱くなり、幸せを感じられなくなってしまう。

 ですから、まずは自分のことを好きになる。少なくとも自分のことを好きであれば、最低限の幸せは確認できます。そのためには欠点も含めて、ありのままの自分を受け入れることが大事だと思います。

アドラー心理学を解説した世界的ベストセラー『嫌われる勇気』の著者古賀史健(こが・ふみたけ)
ライター/編集者
1973年福岡生まれ。株式会社バトンズ代表。これまでに80冊以上の書籍で構成・ライティングを担当し、数多くのベストセラーを手掛ける。20代の終わりに『アドラー心理学入門』(岸見一郎著)に大きな感銘を受け、10年越しで『嫌われる勇気』および『幸せになる勇気』の「勇気の二部作」を岸見氏と共著で刊行。単著に『20歳の自分に受けさせたい文章講義』『取材・執筆・推敲』などがある。

岸見 「嫌い」というのは相手から自分への評価でしかありません。その評価と自分の価値は別物であると考えることが大切です。「嫌い」と言われたからといって、自分の価値がなくなるわけではない。もしも誰かから嫌いだと言われたら、すぐに「でも私はあなたが好きです」と返したらいい、好きな人であれば。

 それから、古賀さんが言われたように、自分を受け入れられないのは本当に不幸なことだと思います。他の人からどう言われようと、「私は私が好きである」と自分を受け入れられていれば、人からの意見にとらわれずに過ごせるようになります。

司会 さまざまな質問にお答えいただきありがとうございました。最後におふたりからインドネシアの読者へ、メッセージをお願いします。

古賀 『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』はインドネシアも含めた世界中の読者に読んでほしいと思って書いた本です。今日のイベントに招待していただき、こうしてたくさんの方に読んでもらっていることを実感できて、とてもうれしく思います。

 この2冊は、何度読んでも読むたびに面白いと思う箇所が変わっていく、不思議な本だと思っています。ですから、一度読んだからといって本棚に収めずに、ときどき思い出しては取り出して、また新しい発見をしていただけたらうれしいです。

岸見 今日みなさんとお話して、『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』をよく理解してくださっているという手応えを感じました。それが分かったことが、このイベントでのいちばんの収穫です。その感謝をみなさんにぜひ伝えたいと思います。

 今日インドネシアのみなさんと交流ができたので、これからも個人と個人のつながりを大事にして、両国が親密な関係になることを強く希望しています。本日はありがとうございました。

司会 それでは最後にみんなで記念撮影をして終わりましょう! おふたりとも今日はありがとうございました。いつかまた、このようなイベントができればうれしいです。

(終わり)