すると、それまでの金融緩和で日銀が購入した国債は値下がりして評価損が発生するのは当然だ。それまでは、低インフレと低金利の状況下で国債を買って、市中に資金を供給する金融緩和を行うのだから仕方がない。そして、それ自体は問題ではないし、金融政策が目指していた状況に伴う一局面にすぎない。

日銀の「債務超過」は
問題ではない

 雨宮正佳・日銀副総裁が国会で明らかにした試算によると、金利が1%上昇した場合には、日銀が保有する国債に28兆6000億円の評価損が発生し、2%の上昇なら52兆7000億円を超える評価損になるという。こうした状況では、日銀のバランスシート(貸借対照表)は実質債務超過の状態になる。

 一部には、日銀が債務超過に陥ると日本円が信認を失ってハイパーインフレになるといった議論をする向きがある。しかし、これはあえて騒ぎ立てるためにするような、単なる誤解なら「幼稚な」、商品を売るための脅しなら「邪悪な」議論だ。

 かつて故・安倍晋三元首相が指摘したように、日銀は実質的に政府の子会社なのだ。債務保証、増資、公的資金投入など、日銀の信用を政府が補完する手段はいくらでもある。手段は他にもあるかもしれない。

 あり得ない架空の想定だが、仮に政府が何もせずに日銀をつぶすとしよう。その後、政府はどうするか。中央銀行なしで済ませるわけにはいかないから、新たに中央銀行の役割を担う仕組みと組織を作るに違いない。それならば、既存の日銀をつぶさずに存続させる方が、コストの上でも信用の上でもはるかにましだろう。

 それならば、中央銀行が信認を失うのはどのような場合か。それは、親会社たる政府が信用を失う場合なのだが、現象としてはインフレが高進していく状況だ。

 では日本はどうなのかというと、つい最近までインフレは、高進するどころか「足りなかった」。現在は資源価格の上昇などでそこそこのインフレ率になっている。しかし、10月の実質賃金が対前年同月比マイナス2.6%と賃金が上がらないような状況では、インフレ率は23年にも再び目標である「2%」を割り込みかねない。

 国民も政治家も、日銀の信認失墜によるハイパーインフレを心配するより、インフレ率が低下し過ぎることを心配する方がはるかに現実的だ。最近不人気に見えて気の毒なのだが、黒田東彦・日銀総裁の昨今の発言は的確であるように思える。