【労働と賃金と生産性】
に関わる6つの命題
8. 報酬の上限が見えているので有能な社員はベストまで努力しない
9. 正社員を捨てる機会コストが大きいので起業のハードルが高い
10. 賃上げとROE(自己資本利益率)を同時に求めると経営者は自分に得な後者を選ぶ
11. 労働組合は賃金を生産性が下回る「働かないオジサン」のためにある
12. 能力主義的競争の徹底には前提としてセーフティーネットが必要だ
日本の生産性も賃金も上がらない理由は、それらが可能なはずの「有能な人」が生産性を上げないし、賃金を上げられないからだ。
労働市場の流動性が低く組織に人が囲い込まれる日本的縁故主義では、有能な社員であっても会社に対する交渉力が弱い。彼らの賃金が上がりにくい仕組みだ(7)。
有能な社員は、努力をしても報酬はたかが知れているのだし、組織内相対競争上は高い報酬を確保できるのだから能力のベストを尽くして働くモチベーションが乏しい(8)。
かくして、生産性は上がりにくく、イノベーションが起こりにくい。また、有能な社員は、正社員の安定とまあまあの生涯収入を捨てる機会コストが大きいので、独立・起業に向かいにくい(9)。
さて、政府から賃上げと資本効率を上げるガバナンス改革の相反する要求を受けた経営者は、賃金を抑えてROEを上げ、自分の報酬が上がりやすくなる道を選ぶのが自然だ(10)。上場企業経営者の報酬が一貫して上昇する一方で、勤労者所得の伸びが停滞した背景の一つだ。
ところで、多くの労働組合は、非正規社員の保護よりも、正社員の権利保護を優先する「正社員クラブ」だ。そして、主に自由な経済原理の下では解雇されたり賃下げされたりするような正社員、つまり俗に「働かないオジサン」と揶揄(やゆ)されるような社員の経済条件を守ることが主な機能になっていると理解できる(11)。この働きは、間接的に有能な社員の報酬を圧迫する。
労働生産性の改善と経済成長のためには、雇用の流動化を通じた能力主義の徹底が有効であることが明らかなのだが(これに反対する勢力こそが日本経済の実質的な「敵」だといえよう)、徹底的な能力主義の世界は「生まれてくるのが怖い」のも事実だ。実は、経済取引への政府の介入を非とする自由主義的な能力主義は、いわば「社会的保険」としての政府の手厚いセーフティーネット(富の再分配や、教育コストの公的負担、職業訓練の提供など)を必要とする(12)。
私見では、新自由主義の徹底よりも、セーフティーネットの整備が先だ。柔道で、投げ技よりも先に受け身を教えるのと同じだ。