数年前までブラックスワン(経験的に予測できない極端な影響を持つ現象)と思われていた地政学、地球環境、パンデミック、テクノロジーなどの諸問題は、コロナ禍以降、そこかしこに産卵され、孵化(ふか)しかかっているものもある。2022年より23年の方が、経済、金融におけるミンスキー・モーメント(急転直下で市場の情勢が悪化する瞬間)が生じるリスクが大きいと警戒する。(楽天証券グローバルマクロ・アドバイザー TTR代表 田中泰輔)
コロナ禍以降産み落とされた
ブラックスワンの卵は孵化するか
ブラックスワン(黒い白鳥)とは、経験的に予測できないような極端な現象を言う。誰もが白鳥は白いものと疑いもしなかったところに、オーストラリアで黒い白鳥が1羽発見され、世界の常識がひっくり返った、そんな事例からブラックスワン現象と言う。
金融市場では、予測できないはずだから警戒しようもないのに、折々に思い出しては恐れられる言葉だ。ところが、かつてブラックスワンと思われていた現象の卵が、コロナ禍以降、あちこちに産み落とされた。一部は孵化しかかっている。
洞察鋭く国際情勢のブラックスワンを指摘してきた政治学者イアン・ブレマー氏の最新著作「危機の地政学」(日本経済新聞社刊)を見ても、新鮮さを感じないほど、彼のかつての警鐘が現実のものになったことが分かる。彼の洞察もそこから先に踏み込む段階に来ている。
米国が世界のリーダー役を降りる一方、台頭する中国と覇権を争う構図が強まっている。中東、ロシア、東アジアと地政学的リスクも差し迫った問題になりつつある。
新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックも、地球環境問題の一環として警戒されてきたリスクの一つだが、いきなり現実になった。コロナ禍は、世界経済を脆弱(ぜいじゃく)化させ、政治の求心力を損ない、社会不安を引き起こした。
このコロナ禍に負けまいと、先進国で打たれたとっぴな財政・金融政策は、40年来の高インフレを招いた。そして、インフレ抑止の引き締め政策が23年の経済に重くのしかかる。
コロナ禍での生活、仕事、社会の構造的変化には、超金融緩和の助けもあって、対応するテクノロジーが急展開したことで、軍事関係や医療など一部に暴走も垣間見える。
将来の夢を買うグロース(成長)分野に低コストの思惑的資金(イージーマネー)が大量流入した後、22年の劇的金融引き締めによって、夢を覚まされ、現実に引き戻されつつある。テクノロジーの脅威と、テクノロジー分野への金融の脅威が交錯するのが23年だろう。
金融市場において、ブラックスワンとして警戒されてきた諸リスクは、既に卵として産み落とされ、孵化しても「さもありなん」としか思えないかもしれない。しかし、以下で検討する23年の諸事情に対しては、ブラックスワン級の市場インパクトをもたらす危うさを排除できないと警戒している。
市場インパクトは、ブラックスワン側の重要度ばかりでなく、市場側の内部の過敏さとの相乗作用という面がある。実は、23年はこの市場側の問題が強く留意される。
もちろん、ブラックスワンなどなく、何とかなるというシナリオの蓋然性が最も高いだろう。それでも、リスクにはあらかじめ備えをすることで、軽減化されることも確かである。
次ページ以降、ブラックスワンの卵がどこにあるかを指摘していく。その存在を意識しておくだけでも、備えの一助になればと願う次第である。