依存感情が満たされず
行き場のない怒りを発散

 長らく不平不満や過剰な我慢といった感情が続いた場合、さらに精神状態が悪化していくパターンもあるという。

「人は、怒りの感情を抱え続けると、次第に喜びや感動といったプラスの感情も失っていき、周りへの関心が無になることがあります。関心がないぶん、人のことなんかどうでもよく、ほかの歩行者のことも気にせずぶつかっているパターンもある。その域までいくと、誰かにぶつかったところで罪悪感を抱くこともないし、何かがスカッとするわけでもないはずです」

 この場合、ぶつかる側は、特定の誰かをターゲットにしているわけではないという。「どうして自分だけがひどい目に遭うのか。自分より幸せそうな社会の人たちはすべてが敵」といった思考にあり、ぶつかることで行き場のない怒りが少しでも発散されるなら誰でもいいと思っている可能性が高いそうだ。

「ここまで自暴自棄になって他人にぶつかる人は、誰かに助けを求めるのが苦手だったり、小さな悩みを気軽に相談できる環境がない人が多いです。そもそも“怒り”は依存心と表裏一体であり、『わかってほしい』『助けてほしい』『愛してほしい』といった依存感情が満たされないことで生じます」

 近藤氏のカウンセリング経験によると、家庭で仕事の愚痴をよく吐く人や、飲み会で軽い悪口を発散できるような人は、ほかの場所では外面がよく、悪い印象を与えるようなことはしない傾向にあるという。怒りの感情を見せられるだけの信頼のおける誰かがいる環境にいるので「見ず知らずの誰かにぶつかってやろう」という発想になりにくいのだ。

 いずれにせよ、“わざとぶつかる人”が生まれる要因には、怒りや不満といった感情的な要因が大きい。言い換えれば、「ぶつかる側」の傾向は年代や性別でくくることは難しく、誰が、いつ加害者になってもおかしくないといえる。