理念を体現する「儀式」から、
独自の「文化」が生まれた
佐宗 たった1日ですばらしい変化が起こったのですね。これは「儀式以外の日」にも影響があったのでしょうか?
松尾 そこは僕も気になっていました。やはりこういったイベントの日は盛り上がるけれど、そうではない日はどうなのかなと思っていたんです。
ところが、今年の2月にふらっとある店舗に行ってみたら、スタッフさんが商品を提供するときに「今日は寒いですよね。ゆっくり暖まっていってくださいね」と僕に声をかけてくれたんです。僕が社長だとは気づいていなかったのに。驚きました。
「そういう対応をするマニュアルをつくっているのかな」と思ってあとで聞いたら、営業部で「『七草粥の日の感動』を日常でも実現するべきだ」という声が上がり、各店で自分たちなりにかける言葉を決めたり、個人がアドリブで考えたりして、ひと言添える運動みたいなものが起きていることがわかりました。
佐宗 まさに、企業理念が独自の組織文化を生み出すところまでいっている典型的なケースですよね。理念を「使い倒している」と言っていいと思います。
松尾 みんなが工夫を始めた結果、現場ではいろんなことが起きています。先日も、とある就活生の方からお礼の手紙が届きました。地方から東京に採用面接を受けに来て、心細い思いをしていたときに、たまたまスープストックトーキョーに立ち寄って食事をしていたら、うちのスタッフから「就職活動ですか。がんばってくださいね」と声をかけられたというのです。手紙には「面接がしんどくて心が折れかけていたけれど、そのひと言のおかげで就活をがんばれて、今日ようやく内定をもらうことができました」ということが書かれていました。
マニュアルにしていないのに、さまざまな形でみんなが「『世の中の体温をあげる」にはどうしたらいいだろう?」と考えて行動してくれています。もちろん、対応がマニュアル化されているわけではないので、たまたま今日寄った店舗では、とくに何も言葉をかけてもらえませんでした(笑)。ですが、理念が浸透していく過程では、こういうことを繰り返しながら企業のカルチャーというものが形成されていくのだと思います。
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(いずれも、ダイヤモンド社)などがある。