「黙々」型の人は知識の整理とプレゼンテーションの場を
では、どうすればこの不均衡が改善されるか。
まず「すぐに講演する人」のほうは、それぞれの企業やエグゼクティブサーチなどに携わる人に真贋を見抜く能力を高めてもらうしかないだろう。守秘義務の観点から十分な調査は行えない可能性はあるものの、注意して調べれば、有名なだけあって、その人に関係する情報は容易に仕入れられる。外面(そとづら)と内面(うちづら)はまったく違うとか、単なる「ええかっこしい」とか、部下の成果を自分の手柄のように偽るとか、当人の能力や性質に関する評判情報を獲得することはそれほど難しくない。もうちょっと言うと、「採用を決める前になぜ調べないの?ちょっと調べればわかるでしょ」と思うことが多い。
もちろんヘッドハンターといっても、転職希望者が実際に持つ価値などはどうでも良く、ただ、「高値」で人をさまざまな会社に「売りつけ」て、会社からも当人からも高い手数料を得ることだけを目的にしている人もいるので、最初からビジネスタレントが「はりぼて」でしかないことは承知の上ということもあるだろう。
一方、「黙々と知識を蓄える人」に関しては、本人も会社も意識改革が必要である。専門性の高い知識のある人は、どうしても、最初から自分と同程度の知識がある人にしかわからない話し方をしがちである。まずは、内にこもらず、自ら外部に向けて発信し、講演などの発表の経験が自分の能力向上につながるということを本人が自覚すべきだ。そして企業側にとっては、社員の人材育成の点で有効であると理解する必要がある。
講演するにしてもビジネス誌やWEBメディアに寄稿するにしても、自らやってきたことの知識や経験の整理が必要だ。その整理作業を通じて、業務上の肝となるような思考フレームワークや重要なスキルが明確化される。それらをキーワード化し、簡潔に説明するなどの技術が必要になるが、これはそのまま他部署間の社内コミュニケーションのレベル向上に直結する。
次に、実際に人前で話してみると、聴講者や知人からさまざまな反応が寄せられるようになる。まったく予期せぬ方向からの質問などもあり、その回答は難しい場合も多い。それらに対して的確な回答をしようと試みるうちに、新たな発見をすることもある。積極的な発信をする機会を確保するほうが、他人の話を聞く機会を増やすことよりも、自分にとってはるかに深い「気づき」が得られるのである。
会社にしてみれば、自社の管理職が積極的な発信をし始めたら心配になるかもしれない。業界の内外にその管理職の能力の高さが知れ渡って、ヘッドハントされたら困るではないかと言うかもしれない。
確かにその懸念がないわけではない。しかし、もしそんなことが起こるのであれば、その人の給料をちゃんと上げれば良い。優れた成果を出せば給与も上がるのだ、と社内の部下や同僚たちの励みになり、彼らのモチベーションも上がるだろう。まかり間違って転職されてしまったとしても、うちの会社や部署は優秀な人が育つすごいところだと知らしめることになるだろう。
出ていった人と仲良くしておけば、困ったときにはいろいろ教えてくれるし、その人が転職した先でできた人脈の恩恵にあずかることができるなど、長期的には元の会社にも十分メリットがある。
「本物」を表舞台に引っ張ろう
自分の会社や部下に、もし「黙々と知識を蓄える人」がいるのなら、その人に対して、外部で話したり書いたりする機会を増やすように仕向けてほしい。そしてこのような本物が本格的に社会に出てくれば、偽物のビジネスタレントも減ってくるだろう。
わかりやすさ、ウケることから逆算して話す人ではなく、複雑でそう簡単に割り切れないものを一般人にも理解可能な粒度で話せる人を発見し、育てていくことのほうが、社会にとっても、会社にとっても、良い結果をもたらすだろう。
現在は、本来しゃべる価値のある人が沈黙し、多くの人に知られることのないまま、ビジネスパーソン生活を終えてしまう。舌先三寸で社会をうまく渡っていく人よりも、こういった会社の屋台骨を支えている人に脚光の当たる社会を作っていくべきであろう。
(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山 進、構成/ライター 奥田由意)