企業理念は経営者一人で決めなくていい
佐宗 以前の「業績第一」のマインドから、ご自身の野望を発見していくには、大きな発想の転換が必要だったと思いますが、魂のこもった野望を見つける作業はお一人でなさったのですか? それとも経営陣や第三者などと議論をしながら、気づかれたんですか。
青野 非常に本質をつく質問ですね。じつは、この野望は当初は僕のなかにはなかったんですよ。この会社で自分が何に魂を込めていったらいいか、本当にわからなかったんです。
わからないからメンバーと会話していたら、とある開発メンバーが「青野さん、Garoon(サイボウズの手がけるグループウェア)の次のバージョンはユーザー1万人でも余裕で動きますよ。これまでは1000人ぐらいまでが限界だったのに、今度は1万人です。きっとみんな驚きますよ!」と言ってきたんです。
それを聞いた瞬間、「うお、来た!」という感覚が僕のなかに沸き起こりました。「これだ!」と。「自分が共感できる理念はこれなんだ!」と思いましたね。その彼のなかにはもともとあったのかもしれませんね。彼の言葉のおかげで僕は気づかされて、こういう思いにだったら、僕は便乗していけるなと思ったんです。
佐宗 開発メンバーの方の言葉で気づかされたんですね!
青野 その後、営業の人と話したときにも同じことが起こりました。その人が「青野さん、僕はグループウェアを売るのが楽しいんです。グループウェアを導入して、情報が社内で共有されて、風通しがよくなっていく会社を見るのが本当に楽しくて。これからもずっと売りたいし、アフターケアするのも本当に楽しいです」と言ってきたんですね。
その瞬間に「これだ! 僕がつくりたかった世界は、働く人たちが情報を共有して、それぞれ自由に意見を言って、活発に議論されるような、そういう組織がたくさんある世界だったんだ。だからグループウェアをつくりたかったんだ」と気づいたんです。
ですから、「世界で一番使われるグループウェア・メーカーになる。」という当時のミッションが自分のなかから出てきたとは言えないですね。メンバーとの対話のなかで、自分の本当の声に気づかされたという感じです。
佐宗 そのエピソード、僕も経営者として非常に勇気づけられますね。世の中には「つねに経営者が理念やビジョンを自分の内面に持っていないといけない」というような風潮がありますが、それってしんどいなと思っていたんです。最初から経営者が理念を持っているとは限らないし、はっきりと言語化できていないこともある。むしろ、チームメンバーの方が「種」を持っていて、それに経営者の心がパッと呼応して、あとから会社の魂と呼べるものに変わっていくパターンもあると思っています。
青野 僕の場合はまさにそうでした。それまでは心のどこかで、企業理念とは、だれか偉い人が一人で考えて、それを社内の人が受け入れるものだと思っていたのです。でもそれは、佐宗さんの本で言うと、「理念経営1.0」時代の考え方なんですよね。いま必要なのは、そういうものではない。
極端なことをいうと、企業理念は社員全員のなかにあるんです。一人ひとりの想いみたいなものがあって、だれかが自分の想いを共有すると、それに呼応して引き出されて共感する。「それ、一緒にやりたい。やらせて。いっちょ噛みさせて」と。みんなの「いっちょ噛みさせて」が重なってきたところが、企業理念だと思うんです。
石碑に刻んだ言葉が企業理念ではなくて、今ここにいる人たちの魂が呼応し合って、共感がモヤモヤと一人ひとりの心のなかに生まれる、その共感のモヤモヤが企業理念なんだと思います。だから本当は、新しい人が入ってくるたびに、企業理念もバージョンアップしていくくらいのものであっていいはずなんですよね。
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、ベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法』(いずれもダイヤモンド社)などがある。