「チームワークあふれる社会を創る」を理念に掲げるサイボウズは、個々人の働き方から事業戦略に至るまで、すべてを理念に照らして判断していく「理念経営2.0」型の企業だ。同社代表取締役である青野慶久さんは、佐宗邦威さんの『理念経営2.0』を読み、「会社にとって理念というものがなぜ必要で、どうつくり、どう使えばいいのかをここまで整理した本はない」「自分に欠けていた視点を補えた。辞書のように繰り返し使いたい一冊」と絶賛している。書籍刊行をきっかけに、青野さんと佐宗さんによる対談が実現した(第1回/全4回 構成:フェリックス清香 撮影:疋田千里)。
サイボウズの最初の企業理念が生まれた背景
佐宗邦威(以下、佐宗) 本日はよろしくお願いします。青野さんの『チームのことだけ、考えた。──サイボウズはどのようにして「100人100通り」の働き方ができる会社になったか』というご著書を読んで知ったのですが、サイボウズでも社員の離職率が28%にも達して悩んだ時期があったのですね。その後、ビジョナリー合宿でミッションを決めたら、会社が円滑に動き始めたとありました。執行役員クラスの8人で『ビジョナリー・カンパニー2』を読んでから合宿をして、ミッションを決められたそうですね。
青野さんがサイボウズで理念経営を始められたのは、その頃ではないかなと思います。会社によってビジョン、ミッション、パーパスなどと企業理念はいろんな呼び方をしていますが、青野さんはどんなことがきっかけで企業理念を考え始めたのですか?
青野慶久(以下、青野) そうですね。サイボウズは1997年に創業して、たった3年で上場しました。だから正直、当時は「俺ってビジネスの才能あるじゃん…」って思っていたんですよ。その後、業績が思ったように伸びなくなり、2005年に初代社長からバトンタッチして僕が社長になったので、「社長になったからにはガーッと伸ばしてやるぜ」と考えました。
ところが、2005年、2006年に大失敗をしました。とくに失敗したのがM&Aです。当時、ライブドアや楽天などが次々に企業買収を行なっていました。サイボウズにも上場で調達したキャッシュが10億円ほどあったので、「俺たちも買収して会社を大きくするぞ!」といって、1年半で9社買収したんです。「2ヵ月に1社」くらいのペースで買収を進めていましたね。すると、1年間のうちに2回も業績の下方修正をしなきゃいけないような状態になってしまったんです。
そうなってから、ようやく気づきました。「あれ? 何やってんだ、俺…」って。
佐宗 とにかく会社を大きくしようということが目的になってしまったんですね。
青野 そうなんです。起業したときには「こんなものが世にあったら、きっとみんなが『便利だ』って喜ぶだろうなあ」という思いがあるわけです。で、実際に出してみて世の中にウケたから、「やっぱり! そうでしょ?」と素直に喜んでいた。
ですが、自分が社長になり、業績があまり伸びなくなってきたあたりから、「会社を大きくすること」それ自体が目的になってしまっていました。会社が上場すると四半期に1回、日経新聞に「サイボウズ、減収減益」などと書かれるわけです。いつのまにか「増収増益」と言われることが自分の仕事なのだと勘違いしてしまって、自分たちが本当に目指していたところをを見失っていましたね。
佐宗 とくに上場企業の経営者であればあるほど、よい業績を維持したいという意識が働きやすいですよね。「○○さんが経営者だった3年間は、ずっと増収増益だった」となれば、その経営者はとても優秀だったということになると思います。ですから、当時の青野さんのように「とにかく業績を」というマインドになる経営者は多いでしょうね。
青野 本当にそういう感じでした。そして、大失敗して自分の駄目さに絶望し、一回死にたいと思うようなところを経て、「本当は何をやりたかったんだろう?」と思ったんですね。それに気づかせてくれたのが松下幸之助さんの言葉でした。「本気になって真剣に志を立てよう。強い志があれば事は半ば達せられたといってもよい」とあったのです。
佐宗 そこで松下幸之助さんに行き着いたのは、青野さんがもともとパナソニック(当時は松下電工)で働いていらっしゃったからなんでしょうか。
青野 僕は今では幸之助マニアを自負しているんですが、当時は「うわ! 今の自分に欠けていたのはこれだ。俺は強い志を持たなきゃいけない!!」と思いました。もう一度、自分の魂のこもった野望は何かと考えた結果、「世界で一番使われるグループウェア・メーカーになる。」という共通の理想を目指すことにしたんです。
サイボウズ株式会社 代表取締役社長
1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任。2018年1月代表取締役社長 兼 チームワーク総研所長(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『ちょいデキ!』(文春新書)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など。