起業経験者はJTCを乗っ取ってほしい

徳成 特に生成系AIがすごい勢いで発展していると、いずれほとんどの仕事は機械ができるようになるから。そうすると、一次情報やローデータを作る人にならないと、本当にすることがなくなりますからね。写真を撮るといった感性系のものとか、指圧のような施術側の指の形や力加減と受け手側の好みという無限の組みあわせがあるフィジカルなものとかは、残るかもしれないですけど。

 今回僕は本を書いてみて、けっこうスタートアップの方たちからDMなどをいただいて、知り合いになったんですね。そうすると、世の中はずいぶん変わってきているなと思いました。「世の中を良くしたいから」とか「こういうことをやりたいから」とかいった理由で起業している人がたくさんいて、エンカレジングというか、勇気付けられました。

 それこそゴールドマン・サックスを辞めてスタートアップに加わりましたとか、マッキンゼーを経て起業しましたとか、大企業を辞めて、未上場企業に移りましたとか。世の中、変わってきたな、と思いましたね。ただ残念なのは、皆企業規模が小さいということです。

堀内 ゼロが1個か2個違いますよね。

徳成 違います。それでいつまでもJTC、つまりジャパニーズ・トラディッショナル・カンパニーと揶揄されているオールドファッションな大企業が幅を利かせているんです。ネットで検索すると、JTCの特徴として、長すぎる会議、多すぎるハンコ、仕事の8割は社内調整、とか書いてある(苦笑)。まさにJTCで働いている僕も最近知ったんですけど。

 でも実際にグローバルに戦っているのはそのJTCたち、時価総額〇兆円という大企業たちです。だからJTCを良くしていくためにも、スタートアップで経験を積んだ方々にはまた戻ってきてほしいなと思います。何だったら会社経営をやってほしい。

 そうじゃないと、日本は厳しい。今みたいに上場して終わり、みたいなスタートアップがたくさんできても、日本経済全体としてグローバルには戦えないですから。

堀内 上場したときの時価総額が最高で、あとはただ落ちていくだけ。そうすると流動性がなくなって、誰も手を付けないということになってしまいます。

徳成 そんなスタートアップがいっぱい出ているわけで。それでも、中にはアメリカみたいにグローバルに広がっている会社があるかと言ったら、以前にもお話したように、言語の壁とか、日本のルールに基づいて作られた会社であったりして、なかなかグローバルに展開できない。

 ならば一応日本にも、ベースがしっかりしていて、広く名前が知られている大企業がまだいくつかありますから、そこを核に、できれば乗っ取るぐらいぐらいのつもりで若い方々にはやってもらいたいな、というのが最近僕が一番思っていることです。

堀内 それは面白い視点ですね。私の小学校のときからの友人で経営共創基盤(IGPI)グループ会長の冨山和彦氏も同じようなことを言っています。

 彼は大学教育において「G型とL型に分けるべき」という主張をしています。つまりグローバル人材を育てる大学と、ローカル経済の発展に貢献する人材を育てる大学、と。それで経済も同じようにGとL、グローバルに戦う会社とローカルにやっていく会社と分けるべきだと、そのようなことを言っているんですね。

 それはベンチャービジネスにおいても同じで、世界に出ていくことを前提に起業するなら、日本のローカルルールの上で会社を作っていては絶対にダメだ、と。ローカルルールがあることは認めたうえで、でもグローバルに出ていく人は最初からグローバルルールに乗っかって行かなきゃダメだというようなことを積極的に発信していて、私もすごく共感します。

スタートアップ経験者が日本の大企業に戻ってこないと、日本は厳しい徳成旨亮(とくなり・むねあき)
株式会社ニコン取締役専務執行役員CFO。
慶應義塾大学卒業。ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートン・スクール)Advanced Management Program for Overseas Bankers修了。三菱UFJフィナンシャル・グループCFO(最高財務責任者)、米国ユニオン・バンク取締役を経て現職。日本IR協議会元理事。米国『インスティテューショナル・インベスター』誌の投資家投票でベストCFO(日本の銀行部門)に2020年まで4年連続選出される(2016年から2019年の活動に対して)。本業の傍ら執筆活動を行い、ペンネーム「北村慶」名義での著書は累計発行部数約17万部。朝日新聞コラム「経済気象台」および日本経済新聞コラム「十字路」への定期寄稿など、金融・経済リテラシーの啓蒙活動にも取り組んできている。『CFO思考』は本名での初の著作。