鉄道事業者の都合で一部利用者に
不便を押し付けるべきではない

 JR西日本は自動改札機を導入した1996年度に約113億円、年間鉄道収益1%分の不正乗車防止効果があったと推定しているように、利用者の多い都市部では不正乗車の蔓延は経営を揺るがす問題だが、利用者・売り上げともに小さいローカル線区で積極的に対策するつもりはないというのが本音なのだろう。

 根本にはJR九州の特殊な環境がある。同社は2016年に株式上場し完全民営化するにあたり、鉄道は利益を生み出せないとして減損損失を計上。鉄道事業固定資産は約2824億円から約6億円まで減少した。

 これにより減価償却費は、2016年3月期の293億円から2017年3月期は約70億円と223億円減少し、運輸セグメントの営業利益は約13億円から約153億円へと急増した。減価償却費は見かけの費用であり、鉄道業の実態は基本的には変わっていないが、投資家に向けて黒字を維持していく姿勢を示したものだ(あわせて経営安定基金の取り崩しにより新幹線貸付料を一括前払いしたことで物件費が約100億円減少し、増益に貢献している)。

 しかし、ほぼゼロになった資産は2016年までのもの。その後の投資は新たな固定資産となるため、2023年3月期の減価償却費は179億円まで増加している。

 鉄道事業の拡大・成長が望めない中で黒字を保つには、施設の統廃合、設備の縮小、保有車両の削減など新規の投資を抑制する必要がある。券売機の縮小・撤去もランニングコスト削減であるとともにイニシャルコスト削減の一環だ。

 JR九州が一歩先んじているというだけで、他社も同様の問題意識を持ち、取り組みを進めている。例えば筆者は先日、JR御徒町駅を利用した際、南口改札の指定席券売機が撤去されていることに気づいた。

 もう何年も前から「みどりの窓口」は縮小され、改札の無人化が拡大しているが、それを補うはずの券売機すら削減されているのだ。

 各社はインターネット予約サービスの拡充や、ICカードやQRコードにひもづいたチケットレス乗車券・特急券の開発など、鉄道サービスのデジタル化を促進している。JR九州はスマホで乗降駅を選択して購入するQRコード付きデジタル乗車券の実証実験を長崎県、宮崎県で行っており、QRコード乗車証明書対象駅も一部含まれている。

 デジタル技術になじんだ世代にとって、こうしたサービスは間違いなく利便性を向上させる。今や高齢者もICカードを使いこなしているように、20年もすれば当たり前になるのだろう。この変化が止まることはない。

 だが過渡期において、鉄道事業者の都合を押し付けるのは公共交通として正しい姿とは思えない。新旧の選択肢を提示した上で、利便性向上はもちろん割引やポイントといったインセンティブで自発的な意向を促さなくては利用者を置き去りにするだけだ。

 鉄道事業者はコロナ禍という非常事態を名目に、やりたくてもやれなかったコスト削減、サービス改定を断行したが、鉄道利用、旅客運輸収入が戻りつつある中、同じ手法で利用者を納得させるのは難しいだろう。未来は利用者と共に作られることを望みたい。