「大企業が賃金上げれば、中小企業にも波及する」は幻想

 このような話を聞くと、「大企業が賃上げすれば、下請け企業などの賃金も上がっていくわけだから、それなりに影響があるのでは?」と思う人もいらっしゃるかもしれない。

 ただ、それも「大企業中心主義」にとらわれてしまっている方特有の考え方だ。

 よくドラマやマンガでは、大企業の下請けで搾取されたり、低賃金で無理な仕事を振られる町工場のような中小企業が登場する。そのため、「中小企業ってのは大企業の下請けが多い」と思い込んでいる人が多いが、それはフィクションが広めた誤ったイメージで、現実ではかなりレアだ。

「中小企業白書2020年版」の中には、「受託事業者の現状」という項がある。これは下請法に基づく受託取引のある事業者を、広義の「下請事業者」と捉え、その現状を調査・分析したものだ。それによると、中小企業全体で「下請け事業者」はわずか5%しかないのだ。

 もちろん、これは業種によってレイヤーがある。例えば、情報通信業が最も多く36.2%、次いで製造業が17.4%、運輸業、郵便業が15.2%、卸売業は3.1%、小売業は1.0%、宿泊業、飲食サービス業にいたっては0.1%しかない。

 そんな「下請けの実像」を踏まえて、大企業の賃上げがどこまで波及をするかを考えていこう。

 確かに、IT業界は最も下請けが多いのでそれなりに波及するかもしれない。しかし、製造業や運輸業は1割程度しかないし、卸売業、小売業、宿泊業、飲食サービス業に関して大企業の影響は「皆無」と言ってもいい。

 大企業の下請けをしている中小企業は確かに存在している。その中には、春闘の賃上げの恩恵を受けて、自分たちも賃上げができたという成功事例もあるだろう。

 ただ、それは日本経済の実情に照らし合わせると「超マイノリティ」な個別ケースに過ぎない。少なくとも、日本人の7割が働く「中小企業全体の賃上げ」とは関係のない話なのだ。