TSMCの設備投資「維持」の意義は大きい
TSMCは経営計画において、280億~320億ドル(約4.2兆~4.8兆円)もの設備投資も維持している。今後の展開にもよるが、AIなど先端チップの製造技術強化に向け、TSMCは二つの分野で設備投資を積み増すだろう。
まず、前工程の強化がある。次世代の回路線幅2ナノメートルの製造ラインの量産体制の早期確立、次々世代(1ナノ)の量産開始などが考えられる。
また、後工程(ウエハー上に形成した半導体回路を切り出し、ケースに封入し、周辺ユニットとの配線などを行う工程)でも設備投資は増えるだろう。世界の半導体メーカーにとって微細化のコスト負担は増大傾向にある。
ユーザーの要求を満たすチップをより効率的に製造するため、チップレット生産など新しい半導体の製造技法の開発が加速している。米オープンAIとマイクロソフト、メタ、アマゾン・ドット・コムなどが開発を強化する大規模言語モデル=LLMの性能向上に向け、カスタマイズされたチップセット供給の重要性が増している。
従来、後工程は台湾の日月光集団(ASEテクノロジー・ホールディング)など、専業メーカーが高いシェアを持つ。TSMCがAIチップ需要を確実に取り込んでバリューチェーンを強化するために、後工程事業を強化する必要性は急上昇しているだろう。
世界経済の先行き不透明感が高まる中、TSMCが従来の設備投資計画を維持したことは注目すべきだ。足元、世界の株式市場は不安定になっている。米国経済は想定以上に好調で、24年にFRBが利下げを行う可能性は低下した。イランとイスラエルの報復攻撃など、中東情勢の緊迫感が増していることもインフレ懸念を押し上げる。スマホ需要の飽和や中国経済の低迷で、オランダのASMLでは最先端EUV露光装置の新規受注が弱かったという。
中長期的に、生成AI、さらには汎用型AI(AGI)の利用を目指す企業や政府は増え、GPUなどの需要は拡大するはずだ。TSMCは高成長を実現するために設備投資を減らすことはできない。
わが国の関連企業がAIの成長加速という変化を取り込むためには、リスク管理をより厳格にしつつ、需要が増える分野でスピード感をもって設備投資を積み増すべきである。