TSMCもあくまで特定の顧客の特定のチップの製造を委託され、顧客ニーズに応えるためプロセス開発に邁進することを通じて、現在のファブレスを支えるファンドリーのビジネスを確立したのです。現在でも、アップルの最先端チップの製造を受託し、資金は世界一の金持ち企業のアップル持ちで技術力を向上させ続けています。

高スペック化の追求は
停滞企業の病理の表れだ

 私の知る限り、用途を考えずに、ただ単に高スペック化しようとしてスタートし、成功した企業は一つもありません。いくら高スペックなものを開発しても誰も使わなければ、経済的な価値は生まれないからです。

「常に製品の高スペック化を目指し続ける」というのは大組織の病理の一種と考えられます。

 クリステンセンが指摘したように、世の中にある商品の多くが無駄なスペック競争に陥っているのは、企業が「競合に勝つためにスペックを高め続ける」という選択をしているからです。

 よく考えると顧客は誰もそのようなスペックを求めていないのに、企業は、スペック追求をやめて別の発想で異なるビジネスをする、というリスクのある判断をしたくない。なので、ほとんどの企業が漫然と高スペックを追求するのです。

書影『イノベーション全史』『イノベーション全史』(BOW&PARTNERS)
木谷哲夫 著

 顧客の要望を満たしながら、顧客の差別化につながる真に価値ある技術開発をするのには、天才が必要となりますが、天才がいなくても、誰でもできるのがスペック追求です。

 サラリーマンの組織でも目標がスペック向上なら社内で異論が出にくく、エンジニアにとって開発目標も明確になり、官僚を説得して予算をもらうにもスペックだと誰でもわかるので明快で、いいことばかりです。

 つまり、開発目標としてスペックを設定するのは最も簡単な意思決定であるということです。そうした意思決定でただ一つ問題があるとすれば、そのように開発しても、「誰も買わない」ということです。