キリンビールが取引先の特約店に対して、「取引保証金」の返還を通知した。キリンによる支援金の一部廃止を意味し、取引先は「受け入れられない」と猛反発。既存流通網の軽視であり、“卸飛ばし”につながると捉えられ非難が殺到している。特集『ビール完敗』の#1では、長年の商習慣を変えるキリンの一手が業界に広げる波紋を追った。(ダイヤモンド編集部 山本興陽)
キリンが特約店向けの取引保証金を返還
「キリンビール銀行」閉業で御礼金廃止
「キリンビールが“御礼金”を廃止するなんて。われわれを軽視しているとしか言いようがない」――。
キリンビールのある取引先の首脳は、そう憤る。
発端は2022年12月から、キリンが取引先の特約店(卸)に対して提示している通知書だ。「取引担保の返還のご案内」。そう題された通知書は、キリンが特約店から預かっている「取引保証金」を23年5月末に返還する内容だ(『【スクープ】キリンビールが「既存流通網のリストラ」着手か、取引条件変更を卸業者に通知』参照)。
なぜこれが御礼金の廃止につながるのか。それにはビール業界の長年の商習慣が関わっている。
ビールメーカーから商品を仕入れ、酒販店や小売店に販売するのが特約店だ。そしてメーカー側は特約店に対して、代金回収不能リスクに備えるため、取引保証金を全額現金で預けるよう求めてきた。取引保証金の金額は特約店によって異なるものの、年間で最も取引の多い月の取引額と同等であることが多い。
半ば強制的に現金を預けさせられる特約店にも、うまみはあった。取引保証金を預ける対価として、金利収入を得ることができていたからだ。
取引保証金の金利は、「特約店への御礼という趣旨もある」(業界関係者)ため、1%超という金利が付くことも珍しくない。現在の超低金利時代の中、特約店にとってビールメーカーは“優良銀行”でもあったのだ。
取引保証金制度はビール大手4社に共通する制度だ。しかしキリンは取引保証金を特約店に返金し、今後は「取引信用保険」に切り替えて、特約店の代金回収で損失が発生した場合に備える方針に転換した。対象となる取引先は約240社だ。
特約店にとって、「キリンビール銀行」閉業の一大事である。これまで取引先に支払われていた御礼金がなくなり、保険会社に支払う保険料に変わるのだ。
半強制的に預けさせられていた取引保証金が返ってくるというメリットがあるとはいえ、キリンによる支援金の廃止にほかならない。
加えて取引保証金の返還には、支援金廃止という収入面の影響以上に、特約店の存亡を危機にさらすリスクも秘めている。「既存流通網の軽視だ」「受け入れられない」と取引先からキリンへの反発が相次ぐのは、その深刻な“実害”を懸念しているからだ。
今回の通知の前からも、特約店を軽視するかのように振る舞うキリンに対する不信感はマグマのようにたまっていた。
次ページでは、御礼金の廃止による特約店への実害を、キリンへの不信感が募る背景と共に解説する。また、ライバルのアサヒビールやサッポロビールはどう出るのか。競合会社の社長の声も交えてお届けする。