「人生を一変させる劇薬」とも言われるアドラー心理学を分かりやすく解説し、ついに国内300万部を突破した『嫌われる勇気』。「目的論」「課題の分離」「トラウマの否定」「承認欲求の否定」などの教えは、多くの読者に衝撃を与え、対人関係や人生観に大きな影響を及ぼしています。
本連載では、『嫌われる勇気』の著者である岸見一郎氏と古賀史健氏が、読者の皆様から寄せられたさまざまな「人生の悩み」にアドラー心理学流に回答していきます。
今回は、子どもの進学先やその学費について悩む親からのご相談。「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と喝破するアドラー心理学を踏まえ、岸見氏と古賀氏が熱く優しく回答します。

学費を払うのは誰の課題か?Photo: Adobe Stock

親の課題・子どもの課題・共同の課題

【質問】子どもがきちんと勉強して国公立の大学に行くか、勉強をおろそかにしてお金のかかる私立大学に行くかは、『嫌われる勇気』に出てくる「課題の分離」で言うと、やはり子どもの課題なのでしょうか? その学費を親が負担することを考えると、どうしても納得しにくいのです。どのように考えたらよいでしょう?(40代・男性)

岸見一郎(以下、岸見):子どもが学費を払うというのは現実的には難しい話です。実際には親が払うしかないでしょう。ですが、原則的には勉強をして進学先を決めるのは子どもの課題なので、学費のことを理由に子どもが行きたいという学校に行くなという権利は親にはないわけです。

 もし親の実情として私立の学費を払うことが難しいのであれば、これは親子の「共同の課題」にするしかありません。実は我が家にはあまり経済的余裕がないので、その学校への進学はちょっと厳しいのだけれど、どうしたらいいだろうかと、親が子どもに相談を持ちかけていくのです。

 そういう相談をする時点では双方に答えはないでしょう。けれど、親が一方的に答えを与えるのではなく、親と子どもが相談することが大切なのです。そうすれば、たとえば奨学金をもらう努力をしようという案が出るかもしれません。すぐに答えが見つからなくても、そういう相談を繰り返して合意に至る努力をしてください。

 大切なのは、勉強したいという子どもの意欲を潰さないことです。親がそう言うなら、もう進学はあきらめるという方向に子どもが行かないようにしたい。あくまでも私はあなたの味方なんだ、仲間なんだというスタンスを親はハッキリ示して、一緒に問題を考えていこうと提案するのがよいと思います。

古賀史健:僕自身は芸術系の大学に通いました。私立大学だったので国公立よりかなり学費がかかったのですが、両親に出してもらって卒業しました。当時のことを思い出しながら考えていたのですが、その前提で話すとやや身も蓋もない話になります(笑)。

 つまり、基本的にどこまでを子育てと考えるかの問題だと思うんです。子育てというのは親の課題です。そして進学するかどうかや、勉強をするかしないかは、子ども自身の課題だと思います。

 親が、子育てのなかに大学まで行かせることを含めているのであれば、それはもう最後まで責任を持つしかないでしょう。どの学校に行くかは子どもが選ぶことなので、そこには口を出さず、学費に関しては、選ばれた学校に対して自分ができるだけの援助をする。それが一番わかりやすい線の引き方なのだろうと思います。

 もう一つ明確にお伝えしたいのは、進学先に関して親が介入することのリスクです。親があの大学に行ってほしい、この大学はやめてほしいと言って、子どもがそれに従ったとします。すると、将来もし子どもが就職に困ったり、就職後に何かにつまずいたりしたとき、あのとき親の言うとおりにしたからだ、あの大学に行ったからだと、自分の中に言い訳をつくる余地ができてしまうのです。

 すべてを自分で選んでいれば、言い訳の余地は生まれません。将来何かが起こったとしても、誰のせいにもできないわけです。となれば、じゃあこれからできることは何だろうと、前向きの考えに自然に至ると思うのです。

 できる限り子どものことを信じて、自分自身で選ばせるというのが、最終的に最もよい結果につながるのだと思います。

岸見:子どものほうも、学費を出してもらうのが当たり前だと思うのはよくないですね。一つエピソードを紹介しましょう。あるとき私は20歳の大学生から相談を受けました。彼は3年生になった時点で別の学問に関心を持ち、他の大学に行きたくなったそうです。ただ、また1年生からやり直すとなると、2年も余分に親に学費を出してもらうことになり申し訳ないと。

 そして、実は彼は20歳になるまで親に家庭内暴力を続けてきたそうです。そんな関係なのに、この期に及んで親に頭を下げて学費を出してくれなどと到底頼めない、そんな悩みを話してくれました。

 ですが私は、やはり頭を下げてお願いするしかないですね、とアドバイスしました。

 その日の夜、彼はご両親に「大事な話があるのでお座りください」と声を掛けました。ご両親は何事かと少し怖がりつつも聞いてくれたそうです。

 彼はご両親に深く頭を下げて「20年間ありがとうございました」とこれまで育ててもらったことへのお礼を言い、その上で、実はこういう事情があって学費を出してほしいのですと頼んだそうです。するとご両親は気持ちよく引き受けてくれたといいます。

 このように、親の立場としては、出すのであれば気持ちよく出すしかないと思うのです。親も子どもも少し覚悟がいるかもしれませんが、こういうことを重ねていくなかで親子関係というものも成熟していくのだと僕は考えています。