頭がいい生物ほど
子どもを産まない

 さて、ヒトの脳が獲得した複雑なニューロンの活動は「意識」を生み出した。この「意識」のおかげで、ヒトは周囲の状況を認識して目的に最適な行動を取り、予期しない出来事にも柔軟に対応し、他者の意識を推し測ることもできる。「意識」こそが、地球上の生命の最上位にヒトを押し上げているとみなされる。

 本書で最も驚かされたのは、その「意識」が、必ずしも自然淘汰においては有利に働かない可能性があるという著者・更科功氏の指摘である。なぜなら、「意識」が求める「強烈な自己保存の欲求」が「繁殖」と対立する場合があるからだ。

 更科氏の挙げる「極端」な1例は、コブハサミムシである。コブハサミムシの母親は冬に数十個の卵を産み、春先に卵が孵化して幼虫が現れると、自分の身体を最初のエサとして与える。幼虫は数日かけて母親の身体を徐々に食べ尽くす。

 コブハサミムシに「強烈な自己保存の欲求」という「意識」があれば、逃げ出すのではないか?「繁殖」の欲求は「意識」を超えるのだろうか?もし「意識」が自然淘汰に不利な状況を生み出すとすると、人類の未来には何が起こるのだろうか?

『禁断の進化史』のハイライト
意識があることは、かならずしも適応的ではないことはすでに述べた。つまり、ネアンデルタール人の意識レベルが高ければ高いほど、ネアンデルタール人は生き延びるのが難しくなった可能性がある。意識レベルが高いほど、脳は多くのエネルギーを使わなくてはならないし、生き残るために必要な、血も涙もない行動を、躊躇ったりするかもしれないからだ。いっぽう、もしも私たちヒトのほうが意識レベルが低ければ、生き延びやすかったかもしれない。意識レベルが低ければ、脳はエネルギーをあまり使わなくて済むし、生き残るために必要な血も涙もない行動を、躊躇わずに行えたかもしれないからだ。[……]何らかの意味で劣ったもののほうが生き残ることはありえるだろう。(245頁)
同書の著者について
更科功(さらしないさお)1961年生まれ。東京大学大学院理学系研究科修了。武蔵野美術大学教養文化・学芸員課程教授。専門は古生物学・分子古生物学。著書に『化石の分子生物学』(講談社現代新書)や『絶滅の人類史』(NHK出版新書)などがある。