ネコの顔が横に広がり丸くなったのは、獲物に強く噛み付くためだ。ネコの顎は短く、切歯で噛み付くために側頭筋が発達した。多くの動物にとって最優先事項は食べることなので、顔の先端に口がある。ところが、巨体のゾウは、口を上下左右に動かすことができず、鼻が長く発達して餌を口に運ぶようになった。顔の先端に口がないという意味で、二足歩行により手で餌を口に運ぶようになったヒトの顔は、ゾウの顔に近いと本書の著者・馬場悠男氏は述べている。
柔らかい食物の摂取で顎が退化し
日本人の歯並びが悪くなった
高橋昌一郎 著
本書で最も驚かされたのは、口の中でも歯が顔の進化に果たしてきた重大な役割である。日本人のルーツは、約1万5000年前から日本にいた「縄文人」と約2800年前に大陸から渡ってきた「弥生人」の混血にある。頭蓋骨の化石のレントゲン写真を分析すると、日本人の祖先は、顎の骨がしっかりとして歯並びがよく、側頭筋や咬筋が発達していたことがわかる。彼らが肉を食いちぎり、乾燥米のような硬い食物を食べていたからである。
ところが、古墳時代以降、日本人は柔らかく加工された食物を食べるようになり、顔が「華奢」に変化してきた。中世から近代になると、歯槽骨が退縮し、すべての歯が並びきれず、いわゆる「出っ歯」の傾向が強くなった。馬場氏は、現代の日本の若者は「歯並びが最悪」だと述べているが、その原因は、柔らかすぎる食物にあったのである。若者よ、もっと硬い物を食べようではないか!
あなたの顔には、眉毛があり、眼には白眼が見える。頬から高まる鼻があり、中には鼻毛もある。唇がめくれ、赤く染まり、すぐ上に人中と呼ばれる窪みもある。じつはこんな特徴は、ほかの動物には見られないものであり、ヒトが進化の過程で獲得した「人間らしさ」の表出ともいえるものなのだ。そして、こうした特徴が、我々の祖先が文化を生み出し、文明を築くようになった原動力ともなっている。(4頁)
馬場悠男(ばばひさお)1945年生まれ。東京大学大学院理学系研究科修了。国立科学博物館名誉研究員。専門は人類学・形態進化学。著書に『ホモ・サピエンスはどこから来たか』(河出書房新社)や『ビジュアル顔の大研究』(監修、丸善出版)などがある。