「あなたの職場に、笑いのある会話はありますか?」
そう語るのは、これまでに400以上の企業や自治体等で、働き方改革、組織変革の支援をしてきた沢渡あまねさん。その活動のなかで、「人が辞めていく職場」には共通する時代遅れな文化や慣習があり、それらを見直していくことで組織全体の体質を変える必要があると気づきました。
その方法をまとめたのが、書籍『組織の体質を現場から変える100の方法』です。社員、取引先、お客様、あらゆる人を遠ざける「時代遅れな文化」を変えるためにできる、抽象論ではない「具体策が満載」だと話題。この記事では、本書より一部を抜粋・編集し、「ユーモアのない職場」の問題点について指摘します。

「職場にユーモアはいらない!」真面目すぎるリーダーが職場を崩壊させる理由笑いのない、厳格すぎる職場になっていないか?(イラスト:ナカオテッペイ)

ユーモアが許されない厳格な組織

 ユーモアが受け入れられるかどうか。これまた組織によって大きく異なるから面白い。

 ここで筆者の新人時代のエピソードを一つ。
 筆者が社会人になったのは1998年。Microsoft社のWindows95が日本国内でも爆発的に普及し、職場でも一人1台パソコンを貸与されるようになり始めた。新入社員の筆者にも自分専用のパソコンが渡された。どうせなら自分らしさを出そうと思い、壁紙(デスクトップ画面の背景)を大好きな知床半島の写真に、起動音を自分の好きな洋楽の一節に差し替えた。

 すると、その翌朝……。出社してパソコンを立ち上げ、起動音が鳴ったその直後、職場の人たちから失笑が……。咳払いする課長。その直後、筆者のもとに忍び寄る主任の影。

「その音は事務所に相応しくない。元(デフォルトの設定)に戻すか、鳴らないようにしろ!」

 併せて、壁紙も元に戻すよう指示されてしまった。

ユーモアや個性が歓迎される職場も

 一方で、職場によってはお咎めなし、それどころかむしろ歓迎されたりするから面白い。

 後年、あるアミューズメント系の企業の支援をしたときのこと。その企業はアミューズメント関係だったこともあり、社内資料やプレゼンスライドなどのところどころに「ぶっこんで」くる。
 イラストをはじめ、漫画やアニメの名シーン、名ゼリフなどが多数入ってくるのだ。日常の報告資料はもちろん、役員向けの提案資料にも当たり前のようにユーモアがちりばめられていた(ここだけの話、大手金融機関から転職してきた部門長は若干きまりの悪い表情を浮かべていたが)。

 つられて筆者も講演スライドに、遊び心を「ぶっこむ」ようになった。引かれるどころか、むしろ歓迎されたものだ。

 ところ変われば品変わるという格言がある。ところ変われば、空気も変わる。ユーモアや個性が受け入れられるかどうかも、職場次第なのである。

「ユーモア警察」に怯えて保守的になる

 ユーモアや個性の表現の良し悪しは、一概には判断できない。
 安全・安心・確実を積み重ねることで価値を創出し、世間の信頼を獲得してきた業種や職種などにおいて、ユーモアや過度な個性の追求はマイナスに働く場合もある。ユーモアや個性を抑える職場と、歓迎する職場。いずれも正しく、どちらにも合理性はあるのだ。

 そうはいっても、ユーモアがまるで受け入れられない職場にはデメリットもある。

 個性を出しにくい、本音を言いにくい、雑談が生まれにくい、柔軟なアイデアや発想が生まれにくいなど、組織の体質を多様性や創造性から遠ざけてしまうのだ。
 
あまりに厳格に取り締まると、「これくらいのユーモアはどうなのだろう?」と保守的な思考になり、何事もお伺いを立ててからでないと行動、判断できない指示待ちの組織体質が醸成されていく。