「人生を一変させる劇薬」とも言われるアドラー心理学を分かりやすく解説し、ついに国内300万部を突破した『嫌われる勇気』。「目的論」「課題の分離」「トラウマの否定」「承認欲求の否定」などの教えは、多くの読者に衝撃を与え、対人関係や人生観に大きな影響を及ぼしています。
本連載では、『嫌われる勇気』の著者である岸見一郎氏と古賀史健氏が、読者の皆様から寄せられたさまざまな「人生の悩み」にアドラー心理学流に回答していきます。
今回は、子どもの危険行為や健康問題を「課題の分離」で考えてよいか悩む方からのご相談。「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と喝破するアドラー心理学を踏まえ、岸見氏と古賀氏が熱く優しく回答します。
「課題の分離」の前提とは?
【質問】アドラー心理学の「課題の分離」について質問です。子どもの勉強に関しては子どもの課題であり、親が介入すべきでないことは納得できます。ですが、たとえば子どもが危険な行動ばかりする、歯磨きをしないといったことを課題の分離と考えては安全や健康を脅かしてしまうと思います。そうした点はどう考えればよいのでしょうか。(40代・女性)
古賀史健:『嫌われる勇気』をつくるときに、何回も岸見先生のご自宅に通っていろいろな話を伺ったのですが、まさにこの質問のようなことを聞いた覚えがあります。
僕は「課題の分離」をするためには前提があると考えています。お互いが自分で何かを選択できる、あるいは決断ができる、そういう状態にあることが課題の分離をする大前提だと思うんです。
たとえば、生まれたばかりの赤ちゃんに対して、課題の分離だからと言って何か線を引こうとするのはさすがに無理があります。ですが、子どもがもっと大きくなり、自分で選択する意思や決断能力が生まれてきたら、課題の分離という考えを取り入れていってもいいのだろうと。
子どもに選択や決断ができるかどうかは、さまざまな状況によるでしょう。もちろん危険な場所から飛び出すような行為は止めないといけません。ですが、進学先とか結婚とか就職先などについては本人が決められることです。そこに親が口を挟むのは、他者の課題に土足で踏み込むことになりかねないと思います。
岸見一郎:ご質問の前半にある「危険な行為」をしようとしているときは、もちろん止めなければいけません。これを課題の分離だと言っていたら大変なことになります。ただし、止めるときに気をつけて欲しいことがあります。それは、怒って止めるのではなく、毅然とした態度で止めるということ。
毅然とした態度と威圧的な態度は異なります。『嫌われる勇気』には我々は目的のために怒りの感情を使うことがあるという話が出てきます。子どもを操作・支配するという目的のために、威圧的な怒りの感情を使うことは多々あるでしょう。危険な行為を止めるときも、大声で叱りたくなるかもしれません。けれど、そこで威圧的な態度をとるべきではありません。
一例を紹介します。あるとき私が電車に乗っていたら、若い女性客のスマートフォンがけたたましく鳴り響きました。マナーモードにするのを忘れて、突然ベルが鳴ることは誰でもあるでしょう。ところが、彼女は電話を受けて話し始めてしまったんです。すると彼女の近くに座っていた中年男性がカッと目を開いて「お前は車内での通話が禁止だと知らんのか!」と感情的に怒鳴ったのです。
その声に驚いて、私はメールチェックしていた自分のスマホをポケットに隠しました。中年男性は私に対して怒りの感情をぶつけたわけではありません。けれど威圧的な態度を取る人は、周りの人にも恐れを抱かせるのです。
対照的なエピソードもご紹介します。やはり私が電車に乗っていたときのことです。特急の指定席だったのですが、一人の男性が車両内の席を転々とし始めたのです。どうやら無賃乗車でチケットを持っていないことが分かりました。
そのときタイミングよく車掌さんが来られて、ツカツカと男性のところまで行き、落ち着いた様子でこう言いました。「他の乗客の皆さんは切符を買って乗車されています。ですが、あなたは切符を持っておられないようです。降りていただけますか」と。これは毅然とした態度だと思います。私はまったく怖さを感じませんでしたし、乗り合わせていた女子学生グループの一人は、車掌さんの対応を見て「かっこいい」とまで言っていました(笑)。
子どもの危険な行為には、このような毅然とした態度で臨む必要があります。感情的にならず、ましてや威圧的にならないことが大切です。
それから、ご質問の後半に歯磨きに関することがありました。歯磨きがなぜ必要かは、やはり虫歯になり健康を害する恐れがあることを説明するしかないでしょう。小さい子どもに対しては特にそうです。
ですが、もっと大きくなった子どもの場合、歯を磨かないことの問題を認識したうえで、あえて親に挑戦的な態度を取ることがあります。つまり、わざと歯を磨かないという不適切な行動をするのです。そんなときに叱ってもたぶん逆効果になるでしょう。
こうしたケースで圧倒的に足りていないのは「適切な行動」に対する日頃の注目です。子どもが適切な行動をしているとき、親がそれを当たり前のことだと思って注目しない。すると、親の注目を引くために、親が困ることや叱られるようなことを、あえて子どもがすることがあります。
ですから、普段から子どもの適切な行動に注目してほしいのです。ただし褒めるのではなく、「ありがとう」「助かった」といった言葉をかけてみる。その積み重ねによって、不適切な行動は減っていくと思います。