営業がバイヤーと交渉をする際、バイヤーからさまざまな「要求」が寄せられることがあります。その背景にある「ビジネス環境からくる潜在的なニーズや課題」を理解することは、バイヤーとの理性的な対話を可能にし、成約率を向上することにつながります。
一方、感情面での理解も重要です。バイヤーの深層心理にはメカニズムがあり、その理解は、単発の商談のみならず、長期的にバイヤーとの関係を密にし、商談の成功率を高めていくことにつながると考えています。
バイヤーの心理、バイヤーの態度・行動変容のヒントについては、社会心理学や行動経済学の理論が参考になります。『営業戦略大全 世界レベルの利益体質をつくる科学的ノウハウ』宮下建治(ダイヤモンド社)から抜粋して解説します。

【認知的不協和】特売スペースで定価販売してもらうための効果的な方法Photo: Adobe Stock

相手が感じるリスクをいかに軽減するか

 人は誰でもジレンマを抱えています。個人の中に矛盾する信念や行動が存在する状態を指します。「認知的不協和」はこの不快な状況から一貫性を取り戻すため、態度や信念を変えようとする傾向のことです。心理学者レオン・フェスティンガーによって1957年に提唱された理論です。

 例えば、バイヤーは「高品質な商品を仕入れたい」という信念と「コストを抑えたい」という目標の間で葛藤することがあります。「新しい商品ラインを導入して品揃えを刷新したい」という願望と「失敗のリスクを避けたい」という慎重さの間で不協和が生じることもあります。「高く売りたい」という気持ちと「高くしたら売れなくなるのではないか」という不安もある。

 そこで、バイヤーが既存の商品、売り方、取引先などに満足していないとき、「リスクを取りたくない」という点に関連づけて、分析データを提出したり、テスト結果に基づいて新しい商品や売り方への興味や関心を刺激することが有効になります。

「このカテゴリーなら、このくらいの価格までは許容できるというデータがありますよ」「では、どこどこの店で2週間テストしてみてはどうでしょう」

 こうした提案は、新しい取り組みにチャレンジするきっかけを提供することにつながります。

 注意事項としては、バイヤーの固定観念や信念に反し、強く挑戦し過ぎると、反感を買う恐れがある点です。また、活用する分析データやインサイトは客観的で、正確で、信頼性が高いものに限ることが重要です。

 私が若手だった時代に「ウィスパー」は特売スペースで定価販売を行いましたが、一般的に特売はお得感を演出して売上を向上すべく、定番価格からある程度の割引をするものです。定番で行う月間特売と、定番以外の平台や通路エンドスペースで大量陳列をします。

 しかし、生理用品の「ウィスパー」を発売した当時は、革新的な製品特徴そのものに消費者メリットがあると考えました。この大量陳列を特価ではなく、定番と同じ価格で販売してもお客様はご満足される、得意先の利益貢献もできるというストーリーで、全国の営業はバイヤーと売り場責任者に提案をしました。

 それまでに日用雑貨業界の歴史で、定価でのチラシ掲載や大量陳列は過去に例がなく、バイヤーも売り場責任者も当初は売上が取れないリスクを感じていました。しかし、製品優位性を訴求する実演をし、バイヤーを説得してテスト的に少ない数の店舗で実施してみると、予想通りの好調な売れ行きになったのでした。

 また、卸店と小売企業の利益率と利益額も通常の特売商品とは比べ物にならないくらい高かったため、一気に多くの店舗に定価の山積み特売が拡大、流通パートナーのP&Gに対する好感度を高めることに貢献しました。

 正直、私も最初に定価の特売プランを聞かされたときには、本当に定価のチラシと山積みで売れるのか懐疑的でした。ところが革新的な商品イノベーション、卓越した広告宣伝、デモを含めた営業の説得的なプレゼンテーションが相乗効果を発揮し、それまでの流通慣行の常識を覆した成功事例となったのでした。

※当記事は『営業戦略大全 世界レベルの利益体質をつくる科学的ノウハウ』宮下建治(ダイヤモンド社)からの抜粋です。