長年、老年医学の研究を続けてきた現役の超高齢者である私自身が、90歳になってたどり着いたのが「たいていのことはほったらかしでいい」という考えだ。人生はあれこれ考えたところで、なるようにしかならない。とくに75歳を過ぎたらもう、細かいことは考えず、自由気ままに生きればいいのだ。

 では実際に、「ほったらかしの精神」で、衰えていく体とどう向き合っていけばいいのだろうか。

 一般的に、日本の医療では、病気に対して治療を行う。肺が悪ければ肺の薬、心臓が悪ければ心臓の薬、血圧が高ければ血圧の薬、というように、1つの病気、1つの臓器に対して薬を使い、治療を行う。

 しかし、高齢になればすべての臓器が衰える。それぞれの臓器はそれだけで独立して働いているわけではなく、関連し合っているため、どこか1つに衰えや障害が生じると、連鎖反応のようにほかの機能も低下してしまうということが起こる。

 高齢になるといくつもの病気を併せ持つようになり、「あっちもこっちもガタが来て困る」などと思うのはそのせいだ。

 全身で衰えていくのだから、どこか1つの病気を治せば済むという問題ではない。

「病気」の有無より
「機能」の有無が大切

 だから、高齢者は若いころのように、1つ1つの臓器ごと、病気ごとに考えるのではなく、トータルケアとして全身をみることが大事だ。「病気を診て、人を診ず」であってはいけないのだ。

 私自身も糖尿病や前立腺の病気があり、定期的に病院に通っている。でも、それで悲観的な気持ちになることはないし、「年をとれば病気の1つや2つ、あって当然」と思っている。強がりではない。それは、病気があっても、痛い、苦しい、つらいなどQOL(編集部注/クオリティ・オブ・ライフ。生活や人生や生命の“質”を意味する)を低下させるような症状がなく、日常生活を送る上で困らない程度に体も機能しているからだと思っている。