しかし江沢民は、今どこで何をしているかわからない戦車男が「過激な人物」かもしれないのに、「逮捕されていない」と即答した。どうしてそう答えられるのか、その根拠がまったく不可思議だ。
ところが、もし「戦車男」が当局側の人物で、戦車部隊と一緒に「一芝居打った」というのであれば、江沢民の発言は、根拠も含め、いとも簡単に理解できる。
つまり、戦車男は当局側の人物であるし、当局側の意向に沿って、忠実に戦車の走行妨害という「任務を遂行」をしたわけであるから、絶対逮捕されるわけはない。
その後、軍の最高地位である中央軍事委員会主席の地位についていた江沢民が、その「一芝居」の裏事情を承知していれば、「彼は逮捕されていない」と即答で断言できたことももっともだ。
ただそのような任務を遂行した人物は、当局の中では、比較的末端の部局に所属していたと考えられるため、今どうしているか、最高指導者の江沢民が「知らない」ことも至極当然のことだ。
天安門事件の根本が揺らぐ
わずか20秒の映像を発見
「戦車男が『勇敢な民主化運動の活動家』であろうが、『当局側の役者』であろうが、戦車の前進を拒むために戦車の行く手に立ちふさがったことだけは確かなはずだ」
筆者は、事件を目撃した当時から長年にわたりそう考えてきた。それは阻止行動を始めてからの戦車男と戦車側の対決ぶりがあまりに強烈であったため、それ以前の動きにまで思いが及ばなかったためだった。
ところが、その後30年あまり、各テレビ局が望遠で撮影した映像を繰り返し検証する過程で、事件発生の少し前から戦車の列を撮影していた長めの映像に、それまでの思い込みを覆す重大な事実が記録されていたことに気がついた。
外国のテレビ局が撮影したとされるその映像は、戦車男と対峙する20秒前から戦車縦隊の撮影を開始していた。実は天安門事件の前後に撮影された各テレビ局の映像素材は、北京からの衛星中継が遮断されていたため、人の手で香港、日本など近隣地域に持ち出され、そこから世界に衛星中継で配信されることが多かった。