
学生をはじめとした若者たち(Z世代)はダイバーシティ&インクルージョンの意識が強くなっていると言われている。一方、先行き不透明な社会への不安感を持つ学生も多い。企業・団体はダイバーシティ&インクルージョンを理解したうえで、そうした若年層をどのように受け入れていくべきなのだろう。神戸大学で教壇に立つ津田英二教授が、学生たちのリアルな声を拾い上げ、社会の在り方を考える“キャンパス・インクルージョン”――その連載第21回をお届けする。
* 連載第1回 「生きづらさを抱える“やさしい若者”に、企業はどう向き合えばよいか」
* 連載第2回 ある社会人学生の“自由な学び”から、私が気づいたいくつかのこと
* 連載第3回 アントレプレナーの誇りと不安――なぜ、彼女はフリーランスになったのか
* 連載第4回 学校や企業内の「橋渡し」役が、これからのダイバーシティ社会を推進する
* 連載第5回 いまとこれから、大学と企業ができる“インクルージョン”は何か?
* 連載第6回 コロナ禍での韓国スタディツアーで、学生と教員の私が気づいたこと
* 連載第7回 孤独と向き合って自分を知った大学生と、これからの社会のありかた
* 連載第8回 ダイバーシティ&インクルージョンに必要な「エンパワメント」と「当事者性」
* 連載第9回 “コミュニケーションと相互理解の壁”を乗り越えて、組織が発展するために
* 連載第10回「あたりまえ」が「あたりまえではない」時代の、学生と大学と企業の姿勢
* 連載第11回「自由時間の充実」が仕事への活力を生み、個人と企業を成長させていく
* 連載第12回 “自律”と“能動”――いま、大学の教育と、企業の人材育成で必要なこと
* 連載第13回 特別支援学校の校長を務めた私が考える、“教え方と働き方”の理想像
* 連載第14回「いかに生きるか」という問いと、思いを語り合える職場がキャリアをつくる
* 連載第15回 なぜ、学生たちは“ボランティア”をするのか?――その背景を知っておくことが大切
* 連載第16回 手軽になった動画ツールや情報は、私たちの学びにどのような影響を与えるか
* 連載第17回 韓国の大手企業が知的障がい者の劇団と取り組んだ研修――その目的とは?
* 連載第18回 大学から力強く巣立っていく外国人留学生が、企業で活躍するために…
* 連載第19回 「思い込み」に気づき、「思い込み」を減らすために、いま必要なこと
* 連載第20回 地域社会と関わる卒業生に、大学や企業はどう応えていけばよいか
「消去法」から始まった、私自身のキャリアは……
今春も多くの学生たちが大学から巣立っていった。生活の中心が、学びから仕事へと移る変化は、当人たちにとって大きなできごとである。期待と不安が混ざった瞳で卒業していった若者たちも、今頃、必死に職業生活に馴染もうとしているに違いない。
学生時代の私自身のことを振り返ると、職業生活に入る手前で、「人を食い物にして金儲けをするような仕事だけはしたくない」とか、「人の不幸の上に成り立つような仕事はしたくない」といったことを意識していたと思う。しかし、社会経験の乏しい私などには、どの仕事がそうで、どの仕事がそうでないのか、判断がつかなかった。就活はしてみたものの、会社組織の中に飛び込む勇気もなく、ズルズルと大学院に進学し、研究者の道を歩んできた、とも言える。
しかし、そんな私でも、現在、やりがいを感じながら仕事に取り組んでいる。最初は消去法で選んだ進路だった。実際に大学に職を得た後も、しばらくは人の役に立つ仕事をしている実感は乏しかったし、自分の能力にも自信がなかった。「やりがいのある仕事」をしたいと念じながらも、実像を結ばない時期もあった。それがいま、気づいてみたら、仕事のやりがいを感じ、仕事が生きがいや幸福感につながっている私がいる。いったい、仕事のやりがいはどこからやってきたのだろうか。
当連載では、テーマに沿った話を聞きたいと私が思った人(主に学生)にインタビューをして、その人の語りを考察することで文章の骨格を構成してきた。
今回は、「HRオンライン」から「仕事のやりがい」というテーマを与えられた。この4月から新しく社会に羽ばたいた若い人たち向けのメッセージという意図で依頼されたものである。私自身、仕事の世界に踏み出していく若者を見送ってきたので、書きたいことはたくさんあると思った。
しかし、実際に文章を構想して、このテーマがとても難しいことに気づいた。仕事は、その内容、賃金、役割、職務などによって多様であり、誰かにインタビューしても、広がりのあるテーマに結びつく気がしない。とはいえ、一般的なことを書くにしては、私の専門が異なる。
そこで、今回は、私が私自身に問いかけながら書き進める形で書き進めようと思う。私は現在、やりがいを持って仕事に向かうことができている。そのことは私の誇りでもある一方、とても幸運なことだとも思っている。私が感じている「仕事のやりがい」はいったいどこから来ているのか。
この問いに答えるため、まず、前向きになれないまま始めた仕事が、いつの間にか私にとって大切な仕事になっていった経験を思い起こすことにした。すると、神戸大学附属特別支援学校の校長を兼務していたときの仕事が思い浮かんできた。
2018年の末頃だったと思うが、「校長になってください」という依頼を受けたとき、私は正直に言って戸惑った。教員免許も持っていない自分がその役割を担えるとは思えなかったし、「校長先生」と呼ばれることにも、どこか居心地の悪さがあった。とりわけ、一人ひとりの子どもの能力を高めることが優先課題になってしまいがちな学校教育に関わることに納得がいかない私がいた。そんな自分には、組織を率いて責任を果たす力はないという気持ちだった。







