東京最大手のタクシー会社である日本交通株式会社の代表取締役社長・川鍋一朗氏はその創業家に生まれ、マッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルタントとしての経験を積んだ後に家業を継いだ。1900億円もの負債を抱えた会社を再建に導く過程で、コンサル時代に身につけたスキルはどのように生かされたのか。老舗企業の3代目社長が語るコンサルティングと実業経営の相関性、そしてコンサルを志す若者へのメッセージとは。(構成:日比野恭三)
並木 まず川鍋さんのプロフィルをおさらいすると、慶応大を卒業後、アメリカのノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院に2年間通ってMBAを取得され、帰国後はマッキンゼーで3年間のコンサルタント経験を積まれたんですね。
川鍋 やはり物心ついた頃から家業である日本交通の3代目社長になるんだと言われ続けてきましたので、そのためには英語も話せる必要があると思いましたし、経営の勉強もしなければならないと考えていました。それでケロッグ(経営大学院)に行って、経営を学ぶならコンサルティング・ファームだということでマッキンゼーの採用試験を受けたわけです。最初の面接で「私には家業がありますので、10年はいないと思います」とはっきり言ったことがおそらく好感されて合格できました。
並木 そして2000年、29歳の時に満を持して日本交通に入られた。会社としては多額の負債を抱え危機的な状況だったはずですが、マッキンゼーでの学びは経営に役立ちましたか?
川鍋 正直なところ、ビジネススクールやコンサルティング・ファームでやってきたことなんて役に立たないじゃないか、と最初は思っていました。例えば人員削減が戦略上必要と一口にいっても、経営の現場では、誰を残して誰をリストラするのか、どんなふうにコミュニケーションしていくのか、全て実践の世界です。でもコンサルは、プランニングはしても、それを実践するわけじゃない。やるべきことは分かっていても、やり方が分からない毎日でした。
本業の改革がままならない中、「誰もついてきてくれないなら、自分だけで最高の会社をつくってやる!」と思い立ち、日交マイクルという会社を社内ベンチャーのような形で立ち上げました。「動くオフィス」というコンセプトの、会員制ハイヤーやリムジンタクシーのサービスを始めたんです。自分としては、コンサルタントとしてのノウハウをフル活用して始めたつもりでしたが、4年後には4億5000万円もの累積損失を抱えて、グループの苦しい財務状態をさらに悪化させることになってしまった。
痛感したのは、コンサルと実業で決定的に時間軸が異なる、という点です。コンサルは3ヵ月間という単位で正しいことをやり続けていれば、世の中にインパクトを与えられると考える。ところが、そういうつもりでリアルなビジネスを始めたら、単月黒字を生むまでに3年もかかってしまった。この事業の失敗で、社内での求心力も完全に失いました。