――そもそもなぜ東芝と三井物産が組んだのですか。

錦織 東芝にとっては2つメリットがあります。一つ目は、三井物産の海外ネットワークを活用できること。東芝のITシステム構築事業は、国内に特化してきたので海外の顧客が少なかったのです。

 二つ目は、海外企業の出資者としての三井物産の信用力です。三井物産の投資先企業からデジタル化の需要を正確に教えてもらえるし、データにアクセスする権限をもらえるんですね。

 東芝の一番の問題は、データへのアクセス権限を得るのが難しかったことでした。日本では「そのデータは誰のものだ」とか「実証で成果が出せない限りデータは渡さない」といった具合でどうしても慎重な議論になり、そこでデジタル化がストップしてしまいます。こういった問題を三井物産と組むことでクリアできました。デジタル化は海外で先行して日本が追いかける構図になっているので、三井物産と東芝が組めば後追いではなく先行者として実行できるのです。

沖谷 東芝は工場など現場のデータを扱うのが得意でした。しかし、現場のデータを活用することで、経営にどうインパクトを与えるかというデータはなかなか得られなかったのです。三井物産と手を組むことで初めて、デジタル化の経営に与えるインパクトの大きさが分かるようになりました。

――東芝も三井物産も三井グループです。近年、三菱グループや住友グループといった他の旧財閥系グループと比べると、三井グループの結束力が落ちてきていると思います。にもかかわらず、デジタル分野では三井の底力が発揮されているということでしょうか。

錦織 そうですね。やっぱり三井の力はすごいですよ。

――最近の受注案件についてポイントを教えてください。

沖谷 一番初めに商用化したプロジェクトがイギリスの鉄道会社、グレーターアングリアの案件です。この会社は、三井物産の出資先です。鉄道の運行をサイバーの世界で再現し、シミュレーションして適切な運航計画を作成します。

 昨年、英国ではダイヤ改正時に大きな遅延トラブルが発生したことで、担当大臣が更迭されるという観測まで浮上しました。それで、遅延のペナルティーが厳格化されることになりました。鉄道会社にとって、デジタル技術を使って遅延しないオペレーションを実現することが重要になったわけです。そこで求められたのが、デジタルツイン(仮想世界に鉄道や工場といった現実世界を再現し、双子を作り出すこと)とシミュレーションの技術です。

 英国の鉄道では、新型の車両と旧型の車両がいっしょに走っています。新しい車両が導入されたときに、性能の悪い古い車両とどういう役割分担をさせて走らせるかが課題になります。いろいろなケースをシミュレーションで予測し、最適な運行計画を作るのです。

錦織 必要な電力量も割り出せます。カーブを少し減速して走ったり、坂道を工夫して走ったりすると、どれだけ電力を節約できるかといった計算をするわけです。そうすると消費電力量が全然違うんですね。

沖谷 現実世界では、線路のカーブの曲がり具合や、トンネルの大きさなどで風圧が違ってくる。そういった細かい想定を全部デジタルツインに組み込んで、あたかも電車が走っているかのようにシミュレーションを行います。アバウトな時間感覚でざっくりと予測していたものが、精緻な予測に代わる。しかもいろいろなパターンを試せるのです。

 また、電車の間隔をどのように開ければ、一番最適なのかも分かります。例えば、電車が遅れた時に、後続の電車に遅れが生じないようにするにはどうすべきか提案できる。運転手ごとの性格の違いから、電車が遅れるリスクも事前にある程度は想定できます。そういったさまざまな要素を踏まえて最適なダイヤを作れるようになったわけです。

――電力量などのコストはどれくらい削減できそうですか。

沖谷 電力量は既存のレベルに比べて10~20%減らそうとしています。また、遅延リスクの10%くらいを軽減できるとみています。電力量の削減は、サイバー世界の計算では目途がついて、これから実世界で試すということですか。

――実現に向けた手応えはどうですか。

錦織 できると思います。

――英国では現状、まだ一つの鉄道会社分のデジタルツインしか作れていません。これを全鉄道会社の文をトータルで作れたら、もっと大きな改善ができるということですか。

沖谷 そうですね。英国全土で24個の鉄道があります。英国の鉄道は独特で、同じ鉄道のインフラ(線路や駅など)の上に複数の会社の車両が走っている。現状はまだ、そのうちの一つが受注できたという段階です。グレーターアングリアの案件で成果と実力を示して、他の鉄道会社にも導入してもらいたいです。