【前回までのあらすじ】
殿塚、村津、森嶋の3人を乗せた車は、株式会社ユニバの中央研究所に向かった。車が止まると、ユニバの玉井社長が出てきた。その隣には見覚えのある男が2人。1人はNTCの船山社長。もう1人はヤマトの鳥井社長だった。日本を代表するICT企業のトップ3人が揃っていた。
3人は車を降りると1階の部屋に案内された。玉井が持っていたリモコンスイッチを入れた。中央にある3つのディスプレイにそれぞれ男の画像が現われた。正面の男は森嶋だ。その両側には、見知らぬ2人の男が映っている。大阪と名古屋にも同じシステムがあり、そこにいる2人だった。それはNTC、ヤマト、ユニバが共同開発した新しいテレビ会議システムで、日本のICT技術の総決算ともいえるものだった。中央のディスプレイには議長、その左右には質問者と解答者の映像が映り、それらすべてがインターネット配信もできる。国民のすべてが見ることも可能だった。現在の国会に相当する新しい議会のやり方を目指していることは明らかだった。
新しいテレビ会議システムの見学を終えると、3人はユニバ研究所をあとにした。殿塚は村津と森嶋を残して、新橋で車を降りた。殿塚が降りた後、村津は首都移転は政治家に任せておけない。発注先を決め、十分な話し合いをしておく。それしか日本が生き残る道はないと断言した。
森嶋がマンションに帰ったのは、午後10時すぎだった。マンションの部屋の前ではロバートがうずくまり居眠りしていた。森嶋はビクター・ダラスに会って日本の現実をありのままに話したとロバートに告げる。ロバートはインターネットで流れたデマの出所は中国の政府機関のどこかか、あるいは彼らの息のかかったハッカー集団だろうと言う。ロバートはこれからアメリカ大使館に行くと言って帰った。森嶋はその夜、やはり眠れない時間をすごした。翌朝テレビ放送を見ると、地震と富士山噴火の予知情報は完全に独り歩きを始めていた。すでに世界中に様々な言語で広がっていた。
森嶋は村津にある相談をしようと地下鉄の出口で立っていた。村津の姿が見えると森嶋は並んで歩いた。すると村津は新首都の全容について、首都移転グループ全員に説明するという。森嶋は国交省への新首都模型の搬入を手伝う。会議室にはメンバー全員が集まっていた。早苗たちの手によって箱のカバーが取られた。全員の目が中央に置かれた都市模型に注がれた。長谷川が模型を前に都市の機能、役割などについて話した後、何か質問は、という顔で官僚たちを見回した。優美子は首都模型を見つめたあと森嶋に視線を戻した。

第3章

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「やっぱりね。あなたはウソが付けないって言ったわよね。殿塚議員にも会ってるんでしょ」

 

 優美子は森嶋を見つめている。

「日本が変わっているように、世界も変わっている。そしてそこに住む人もね。だから国の形も変えなければならない。首都も、なにも一つの都市にこだわることはないっていうのが村津さんの考え方だ。時と共に変わることのできる小さな政府が理想的だ」

「時代に合わせて首都の意味まで変えろってことなの。たしかに、あなたのアメリカでの論文にもその気になりそうなことが書かれてたわね。でも、国民には絶対に支持されない」

「分からんね。時代は動いている。そして人も変わっている。とくに、ここ数年間はね」

 森嶋は優美子から都市模型に視線を移した。

「日本が変化の先駆けになれればいいと思っています。いや、ならなければなりません」

 長谷川の声が心持ち大きくなった。

「東日本大震災で、私たちは町が、建物が破壊され流されるのを見てきました。津波は一瞬のうちに町と私たちの生活を流し去っていきました。日本人は形あるものの虚しさを知ったはずです。さらに、心の結びつきの重要性も感じたはずです。家族や友人たちを奪い去っていきましたが、彼らの心は私たちの中に生き続けることでしょう」

 長谷川の言葉が途切れた。やはりあの震災で大切な人を喪ったのかも知れない。やがて再び話し始めた。

「シンプルなものほど、そこに様々な生を作り精神を吹き込むことができます。可能性を生みだします。私たちはこのシンプルな都市の中にその時代に合った、人に合った新しい首都を作り上げることができます」

 力強い声が室内に響いた。

 全員が真剣な表情で長谷川の言葉に聞き入っている。