企業を潰すのはアン・ヒューマンではない

奥野 パンデミックの影響を受けた、いわゆる「コロナ倒産」が増えてきました。この3月決算企業の決算説明会はほとんどがオンライン対応だったので、逆に例年に比べて多くの企業の決算説明会に参加できたのですが、ざっと見渡すと、こういうタイミングで強くなる企業と弱くなる企業が如実に分かれます。リーマンショックや東日本大震災の時もそうでしたが、この手の不測の事態は、企業が生き残れるかどうかを見定めるためのリトマス試験紙になりますね。当然ながら、財務体質の強い企業は不測の事態が起こってもビクともしません。危機をもチャンスにするような戦略性と実行力が組織内にあるからです。逆に、そのような組織的な強さを持たず、この数年続いてきた好環境下、惰性で拡大してきた企業は、一転してピンチに追い込まれています。

出口 高度成長の時は、他社と同じことをやっていても平均的に成長できますが、今回のような状況下では、リーダーや組織の対応力次第で生き残れるかどうかが分かれます。本来ならゾンビ企業も消えていくはずなのですが。

奥野 残念ながら日本はゾンビ企業がなかなか退場しません。日本の時価総額トップ10の企業は、30年前とほとんど顔ぶれが変わりません。30年前は世界のトップ5を日本企業が占めたものですが、今ではトップ50にトヨタだけがかろうじて入っている状況です。今世界の経済を引っ張っているのは、G A F Aに代表されるような、30年以内に起こされた企業ばかりです。

出口 そうです。これは政策の問題でしょうね。ゾンビ企業が退場しないから、そこがダンピングを起して業界全体が低迷するという悪循環から抜け出せないのです。この問題を解決するためには、厚生年金保険・健康保険の適用拡大を推し進めればいいのです。パートタイマーやアルバイトなど非正規雇用者についても、企業の負担部分を大きくして全員が厚生年金保険・健康保険に加入するようにすれば、ゾンビ企業はいなくなります。実はこれには先例があります。1998年から2005年までドイツの首相を務めたゲアハルト・シュレーダーは社会保険の適用拡大を行おうとしました。その時、中小企業の経営者は、「社会保険料を負担したらうちは潰れる。路頭に迷わせる気か」と怒ったのですが、シュレーダーは「ビスマルクが何を言ったのかを学んだだろう。人を雇うということは、社員が病気になったり、ケガをしたり、あるいは歳を取って働けなくなった時、それに対して責任を持つことだ。それが出来ない企業には人を雇う資格はないのだ」と正面から反論したのです。残念ながらシュレーダーの政策は不人気で、結局のところ適用拡大を実現した後で政権を失うことになるわけですが、たとえ不人気の政策でもそれを実行するのがリーダーです。もっと言えば、たとえ不人気な政策だったとしても、それが国民にとってどういう意味を持っているのか、中長期的に見て本当に必要なことなのかどうかを、メディアがきちんと取り上げることが大事です。そこにメディアの見識が問われます。

奥野 ゾンビ企業については銀行の問題もあります。そもそも銀行が保護されていますから、業界そのものが過当競争状態になっています。その結果、リスク・リターンのバランスにおいて魅力的とはいえないような企業、簡単にいうとダメな企業を銀行が無理やり延命させてしまうから、問題点が解決されないままになってしまう。

出口 企業を潰したり、レイオフを実行したりするのは、非常にアン・ヒューマン(非人道的)なことであるという間違った認識が染みついていますね。よく考えて欲しいのは、逆にレイオフをしないことの方がはるかにアン・ヒューマンだということです。プロ野球に例えて考えると分かると思うのですが、四番打者が打てなくなり、レギュラーから外れた後も戦力外通告を受けずにベンチを温めていたらどうなるでしょうか。その人は、他のチーム、あるいは野球とは全く別の仕事に就けば、もっと活躍出来たのかも知れないのに、働ける旬の時期をずっとベンチに座ったままで、衰えていくのです。これこそアン・ヒューマン以外の何物でもありません。「残念ながらうちでは活躍出来なかったけれども、他に行けばチャンスに巡り合えるから、そこで頑張っておいで」と言って送り出してあげる方が、はるかにヒューマンです。

奥野 なぜ、そういう発想が日本には根付かないのでしょうか。

出口 メディアが悪いと思います。だって、首を切るのはアン・ヒューマンだという報道しかしないじゃないですか。人が余っている状態で首を切れば、路頭に迷う人が続出しますが、今の日本はこれから団塊の世代200万人が、ビジネスの一線から身を引く一方で、新社会人は100万人しかいません。つまり働く人の数はこれからどんどん足りなくなっていくでしょう。そうであるにもかかわらず、多くのメディアは今でも「首を切るのはアン・ヒューマンだ」というおうむ返しの論調を続けています。これは勉強不足以外の何物でもありません。

奥野 ファクトを見れば、メディアも自分たちの主張がいかに時代錯誤か分かりそうなものです。人口動態は大きな流れで抗うことができません。人手不足はこれからの日本が抱える大きな問題ですね。

出口 昨年1年間で日本の人口は50万人、減りました。47都道府県で均等割をすると、1都道府県につき1万人ずつ減少したことになります。現実に、新型コロナウイルスのパンデミック騒動が起こる前には、それこそ猫の手も借りたいくらい忙しい、人が足りないといっている業種、企業がたくさんありました。こんな時こそ雇用の流動性を高めるべきですが、これは厚生年金保険・健康保険の適用拡大を行えば一気に進みます。というのも、雇用の流動化に反対している人たちの多くは、厚生年金保険から国民年金保険に移行するのが嫌だと考えているからです。もし厚生年金保険・健康保険の適用拡大が行われれば、雇用形態を問わず厚生年金保険の適用が受けられますから、雇用の流動化が高まります。メディアには是非、こういう骨太の議論をしてもらいたいものです。

ゾンビ企業は市場から退場すべし出口治明×奥野一成「教養としての投資」対談(後編)
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』(ダイヤモンド社)など