危機の時に大事なのは理念とお金

奥野 私は新卒で日本長期信用銀行に就職したのですが、ご存じのとおり1998年に経営破綻しました。それによって長銀OBとなった人たちは、さまざまな企業、金融機関などの新天地で活躍しています。私も恐らく長銀の破綻が無かったら、長期投資を専門に行う運用会社を立ち上げていなかったかも知れません。人は窮地に追い込まれた時、初めて真剣にどうやったら日々の生活費を稼げるのかを考えるようになるのだと思います。だからゾンビ企業が倒産すれば、そこに勤めていた人たちは、自分たちが生きていくために何をすれば良いのかを本気で考えるようになり、それがひいては新しいビジネスの創出につながっていく可能性があるのではないでしょうか。

出口 破壊的創造は宇宙の原理です。そもそも人間は星の欠片から出来ています。つまり星が膨張して超新星爆発を起こし、壊れた星の欠片が宇宙に散らばって、そこから新しいものが生まれてくる。これが無ければ地球も人類も存在していません。宇宙の歴史は138億年ですが、この間、星はどんどん壊れて新しいものが生まれてきました。それと同じで企業が潰れたとしても、そこからまた新しいビジネスが生まれます。だから企業を潰すのは決して害悪ではありません。それは自然現象と見るべきです。

奥野 まさしくその通りだと思います。駄目な企業を潰さずにひたすら支えようとするからベンチャーキャピタリストにしてもアントレプレナーにしても、本物ではなく「もどき」が出てくるのです。一度、完全に潰れてしまえば、そこから真剣に考えて起業しようとするアントレプレナーが現れるはずです。

出口 あと、このような厳しい時期ほど理念が大事になってきます。

奥野 農林中金バリューインベストメンツは農林中金の子会社ですが、会社を立ち上げるに際して設立趣意書を作成しました。企業が50年、100年と存続していくためには、「こういう意義のために私たちは働くのだ」という理念を明示する必要があると思うのです。私たちが作った設立趣意書で、会社を設立した目的として「価値に基づく資本配分を通じた経世済民の実現」を掲げました。そのために私たちは投資家、投資先、コミュニティの三者に対して価値を付けていくことを表明しています。具体的には、運用によるリターンを投資家に還元し、企業と対話することで投資先の価値を高め、長期投資を通じて社会をより豊かなものにしていくというものです。そして、この三者に価値を付けていくこと以外の仕事は一切やりません。

出口 それは大学も同じです。APUのバリューは、多様性にあります。学生の半分が留学生で、日本人学生のうち3分の2は九州以外の都道府県出身者です。APUは、世界中から集まった学生に学んでもらい、世界にお返ししています。そこで2015年に策定した「APU2030ビジョン」では、世界のどこでも良いから自分の持ち場を見つけて、そこでAPUで学んだことを活かして自ら行動し、世界を変えるチェンジメーカーになって欲しいという願いを込めました。

奥野 今回のパンデミックのような危機的状況に直面した時、それに委縮することなく動けるようにするためには、理念を持つことが大事だと思います。

出口 それと現実的なことを言えばお金ですね。ドイツのメルケル首相、東京都の小池都知事には共通点があります。それは、ドイツも東京も財政が潤沢だということです。だからこそ大胆な施策が打てる。他の首長は羨ましくて仕方がない。財政を健全化することがいざという時にいかに大切かを世界の人々は学んだのではないでしょうか。

奥野 コロナショック後、株価が戻ってきた企業は健全なバランスシート、潤沢なキャッシュフローを持っていました。それは、その企業が独自の競争力を磨くことに継続的に投資してきた結果なのです。それは個人にもあてはまります。これからの不確実な時代において、自己投資を含めた長期投資によって、自らの競争力や生き抜く経済力を身に着けることこそが、重要なのです。是非とも私が書いた「教養としての投資」を読んでいただき、真の長期投資の要諦をつかんでいただきたいと思います。

参考記事
コロナ暴落後、なぜ株価は急回復したのか?