慶應三田会vs早稲田稲門会#8
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地方銀行の首脳だけが参加できる地銀頭取三田会は、2014年の初会合の直前、頭取の慶應人脈が突破口となった再編事案が明るみに出たことで、業界の注目組織に躍り出た。ところが、大物が相次ぎ退任。頭取三田会に続いてできた会長三田会でも「大親分」が“失脚”するなど、地銀トップの三田会にかつての輝きはない。特集『慶應三田会vs早稲田稲門会』(全16回)の#8では、早稲田OBたちが勢力を拡大中の地銀首脳の学閥体制を追った。(ダイヤモンド編集部 新井美江子)

地銀界を震撼させた
知る人ぞ知る「頭取三田会」とは

「まだ続いてはいるんです。でも、かつてほどの輝きは、もはやないですね……」(慶應義塾大学出身の地方銀行関係者)。

「数が多過ぎる」「再編も一つの選択肢」。自由民主党総裁選挙への出馬表明の際にそう語った菅義偉氏が首相に就任し、改めて身の振り方が真剣に問われるようになった地方銀行業界。そんな激動必至の業界では6年前、一躍注目を集めた三田会(慶應OB会)が誕生した。

 第一地銀と呼ばれる地銀の頭取と社長しか参加を許されない、「地銀頭取三田会」だ。地銀関係者が冒頭で明かしたように、かつてこの三田会には地銀界を震撼させるだけの存在感があった。

 地銀界で慶應出身の頭取の多さは昔から指摘されていたが、発足当初の頭取三田会は、第一地銀首脳の実に4分の1以上(17人)が属する一大勢力だったのだ。

 人数の多さもさることながら、頭取三田会に対する地銀関係者の焦燥と警戒を強めたのは、初会合と時期を同じくして、慶應人脈が突破口となった再編事案が明らかになったからだ。

 頭取三田会が初めて開催された2014年11月12日のわずか2日前、頭取三田会を企画した4行のうちの2行が、経営統合に関する基本合意を発表したのだ。熊本、鹿児島両県のトップ地銀として君臨する、肥後銀行と鹿児島銀行だ。

「肥後銀と鹿児島銀は、融資姿勢などの企業文化は全く違った。だが、頭取同士の強い結び付きが統合を強力に後押しした」

 鹿児島銀の元幹部がそう内情を語るように、当時、肥後銀の頭取だった甲斐隆博氏(隆の字は、正しくは夂と生の間に一)と鹿児島銀の頭取だった上村基宏氏は共に慶應出身。それも商学部の同期同士(1975年卒)だった。両氏は福岡支店長を務めた時期が重なっており、このときに、慶應商学部の同期という共通点で意気投合したとされる。

 創業家がトップに就くことや、長期政権が敷かれることがままある地銀では、頭取や社長が絶対的な権力を握ることは珍しくない。「再編の鍵を握るのは結局、頭取の意思と人間関係」といわれることもしばしばだ。そのため、たとえ表向きは気軽な飲み会だったとしても、頭取三田会におけるトップ同士の腹を割った話し合いや人脈強化が、「地銀を再編へと動かすきっかけになるのではないか」とまことしやかにささやかれたわけだ。

 実際に、当時の頭取三田会はそれだけの威力を持っているように見えた。