経営に魔法の道具はない。
大切にすべき打ち手は、実はシンプル

強い会社を永続させる打ち手は、実はシンプル。すべては1人ひとりのお客様への真心稲田将人(いなだ・まさと)
株式会社RE-Engineering Partners代表/経営コンサルタント
早稲田大学大学院理工学研究科修了。神戸大学非常勤講師。豊田自動織機製作所より企業派遣で米国コロンビア大学大学院コンピューターサイエンス科にて修士号取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。マッキンゼー退職後は、企業側の依頼にもとづき、大手企業の代表取締役、役員、事業・営業責任者として売上V字回復、収益性強化などの企業改革を行う。これまで経営改革に携わったおもな企業に、アオキインターナショナル(現AOKI HD)、ロック・フィールド、日本コカ・コーラ、三城(現三城HD)、ワールド、卑弥呼などがある。2008年8月にRE-Engineering Partnersを設立。成長軌道入れのための企業変革を外部スタッフ、役員として請け負う。戦略構築だけにとどまらず、企業が永続的に発展するための社内の習慣づけ、文化づくりを行い、事業の着実な成長軌道入れまでを行えるのが強み。著書に、『戦略参謀』『経営参謀』『戦略参謀の仕事』『経営トップの仕事』(以上、ダイヤモンド社)、『PDCA プロフェッショナル』(東洋経済新報社)、『PDCAマネジメント』(日経文庫)がある。

稲田 本の中では、宗次さんの生い立ちについても書かれていますよね。先日テレビで、ダウンタウンの松本人志さんが「貧乏って財産よね」とおっしゃっていて……。

宗次 まあ、そうですね。

稲田 ピンとくるところ、やっぱりありますか。

宗次 貧乏は、望んでは嫌ですけどね。まあ、しょうがないですよね。親のせいで。今振り返ってみると、やっぱり幼いころの体験っていうかね、境遇が自分を鍛えてくれたんだなって思います。だから、遊びたくもない、休みたくもない、目の前の人に喜ばれたい、周囲の人に喜ばれたい、感謝されたいっていう、そういう想いの積み重ねでやってこられました。それはやっぱり、幼少期の体験(*1)だと思いますね。

*1. 宗次氏は、両親・兄弟がわからない天涯孤独の生い立ち。児童養護施設で育てられ、3歳で養父母に引き取られる。しかし養父がギャンブルにのめり込み、極貧生活に。道端に生えている野草に手を伸ばさざるを得ないほどの日々を送った。小学生になった宗次氏は、パチンコ店でシケモク(煙草の吸い殻)を集め、せっせと養父に届けた。なぜなら、このときばかりは「そうか、そうか」と養父が喜んでくれたので、この笑顔が見たくて4キロ離れたパチンコ店にせっせと通っていたのだ。(宗次徳二・著『日本一の変人経営者』P63~67を要約)

稲田 その原体験を基に、誰よりも真っ当な、より良い経営を常に目指されていますよね。伺っていると、お客様だけではなく、ご自身がお仕事をなされている、いつも今の環境そのものへの感謝がいつも根底にあるように感じます。

宗次 運がよかったですよ、本当に。最初はもうゼロに近いようなところから苦労して、トンカツの揚げ方も知らないで始めましたからね。すべて経験がちゃんと教えてくれますから。だから、辛いと思わないこと。まったく思わないわけじゃないし、まったく疲れを感じないわけじゃないけど、押し並べていうと「耐えられる気力・体力」が幼少期に培われたのかなとは思います。真心を込めた感謝の気持ちが生きる源泉なのです。

稲田 いま、「運がよかった」って、サラッと言われましたけど。

宗次 それはもう大いに。運、良いですよね。嫁さんとの結婚にしても、ひょんなことから始めた喫茶店にしても。そしてカレーに出会えたことも。クラシックに出会えたことも。ラッキーな出会いです。

稲田 運を引き寄せられていますよね。ところで、今日を振り返ってみると、お尋ねしたことに毎回、迷わずストンと全部返していただいてるんです。

宗次 そうですか。

稲田 宗次さんのご回答がシンプルで、かつ「あっ、なるほど」って思わされることばかりで。

宗次 難しい言葉も使いませんし。ありのままです。もう、ありのまま、シンプルが一番いいです。偽装とかメッキは剥がれますから。だから、いい時計も、いい背広もいらないんです。飾らなくていいんです。このスーツは2万円ですよ、ネクタイは500円。自分が贅沢をするのは恥ずかしいです。

稲田 私の本の「まえがき」に書いたんですが(*2)、たとえば、「経営理論では…」と理屈を振り回す人、いっぱいいるじゃないですか。こう言うとマッキンゼー出身者が何を、って怒られそうですけど。ただ、理屈の世界に絡まり始めると、なまじ説得力があるように語られるので、その世界が気持ちよくなって、絶対であるような錯覚を起こすんですよね。経営の世界も、すべて語られるその理屈の上に存在しているような気持ちになって。でも、それらの理論の多くは、きちんと経営されてきた方が考え、実際にやってきたことを、あと付けで法則化しているだけなのですよ。

*2. 経営トップの立場では、現状を打破したいという想いから、流行りの経営理論や道具立てに飛びつきたいときもあるでしょう。人は誰しもイリュージョン、幻想に惹かれます。しかし、経営に魔法の道具はありません。それらが本当に自社が抱える問題の処方箋になっているのか? 実は因果に気が付きさえすれば、その「因」に対する打ち手は、案外シンプルなことが多いのです。(稲田将人・著『経営トップの仕事』P.3~P.8を要約)

宗次 立派な経営理念に向かって、愚直に全員がね。全員参加型で取り組めばいいんでしょうけどね。絵に描いた餅になってしまったら、あまり意味が無いですよね。

稲田 無いです、本当に。いま日本では、広義でとらえたコンサルティングビジネスが大きく育ってしまっているようです。その一方で、その間に日本の企業は世界的に見て低迷し、低成長状態から抜け出せなくなり、国の単位で見れば、成長率、生産性など、どの切り口から見ても最下位の分類に入ってしまいます。スキームや方法論を導入さえすれば、そのままで経営が上手くいくような錯覚をさせ、コンサルティングサービスやITを中心とした経営のツールを売っている事例を見ると、本当に良くないなと思っています。例えば、成果主義指標で評価すること自体は悪くありませんが、経営、マネジメント側が見るべきは、成果だけじゃないです。数値は事実ですが、その意味合いから課題を特定化し、手を打つのがマネジメントの役割ですから。

宗次 頭ひとつリードしようとノルマを掲げてね、やるのもいいと思う。でも今はITが急速に広まって、それでもやっぱり絶対に必要なことは、何事にも心を込めることです。

稲田 やはり、そう思います。会社の規模に関わらず。

宗次 はい。1つひとつの取り引きに、1人ひとりのお客様に、心を込める。真心です。どこまで行ってもね。

稲田 価値を提供することが、事業が存在する意義であり、その本分ですものね。ありがとうございました。

おわり

→第1回 心の底から頭を下げて「ありがとうございました」を言い続けるのが経営トップの仕事
→第2回 弱い部分を補完し合う役割を持った経営トップの夫婦関係銀行から全面的に応援された理由とは?
→第3回 人を育てる仕組みはシンプル知らない間に人が育つ、右肩上がりの経営術

(文・北野啓太郎)