解釈の枠組「ナラティヴ」

 前述したように、対話とは、他者を通じて問題に向き合い、新たな問題へのアプローチや関わり方を発見する方法論です。

 職場での他者とは、同じ部署の同僚、他部門の人、階層の異なる人、あるいは顧客など、自分とは異なる解釈の枠組を生きている人たちです。

 この解釈の枠組のことを「ナラティヴ(narrative、生きている物語)」と言います。

 私たちは、同じ会社の中で異なる仕事をしています。

 個々の社員には、部署、階層、入社年次や在籍年数など様々な違いがあります。この違いが、物事に対する解釈の枠組の違いをもたらします。

 情報セキュリティ部の人は、外部からの不正アクセスにより会社の情報が盗まれたりすることがないよう、運用ルールをつくったり実施させたりするのが仕事です。

 一方、営業部の人は、自社製品やサービスを通じて、顧客の課題解決を提案することが仕事です。

 この2者がときにぶつかることがあります。

 顧客とのやり取りに、新しいクラウドサービスを利用したい営業部と、安全性が十分確認できないうちは利用を避けたい情報セキュリティ部。各々のナラティヴは正しいのです。

 ときには、新規事業開発部門が、新領域事業のために外部からスペシャリストを雇いたいと考えることもあるでしょう。

 一方、人事部は、その事業がうまくいかなくなった後も働き続けてもらうことを考えると、採用に二の足を踏む可能性もあります。

 どちらかが完全に間違っているなら簡単です。

 しかし、それぞれのナラティヴは正しいからこそ、問題が複雑になっているのです。

 多くの人は、自分がどんなナラティヴの中で生きているかなんて考えたことはありません。

 あなたにも、「どうしてあの人はわかってくれないんだ」と腹を立てることがあるでしょう。

 これは、自分のナラティヴとは違うナラティヴで生きている人が存在することが想像できない。

 つまり、互いにわかり合えない存在であるという前提が見えていない状態です。

 この状況では、各々が正しいことを主張し続けても、問題は平行線のままです。

 どこかで、互いのナラティヴの接点を見つけなければなりません。

 それが対話するということなのです。

 相手には相手なりに一理あることを認める。

 そこに何か物事を進めていく手がかりがある。

 もっと言えば、自分のナラティヴの偏狭さに気づき、自分のナラティヴを押し広げていく実践こそが対話なのです。

【追伸】「だから、この本。」についても、この本について率直に向き合いました。ぜひご覧いただけたらと思います。

【「だから、この本。」大好評連載】

<第1回> あなたの会社を蝕む6つの「慢性疾患」と「依存症」の知られざる関係
<第2回>【チームの雰囲気をもっと悪くするには?】という“反転の問い”がチームの雰囲気をよくする理由
<第3回> イキイキ・やりがいの対話から変革とイノベーションの対話へ!シビアな時代に生き残る「対話」の力とは?
<第4回> 小さな事件を重大事故にしないできるリーダーの新しい習慣【2 on 2】の対話法

<第5回> 三流リーダーは組織【を】変える、一流リーダーは組織【が】変わる

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宇田川元一(うだがわ・もとかず)
経営学者/埼玉大学 経済経営系大学院 准教授
1977年、東京都生まれ。2000年、立教大学経済学部卒業。2002年、同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年、明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。
2006年、早稲田大学アジア太平洋研究センター助手。2007年、長崎大学経済学部講師・准教授。2010年、西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。
専門は、経営戦略論、組織論。ナラティヴ・アプローチに基づいた企業変革、イノベーション推進、戦略開発の研究を行っている。また、大手製造業やスタートアップ企業のイノベーション推進や企業変革のアドバイザーとして、その実践を支援している。著書に『他者と働く――「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)がある。
日本の人事部「HRアワード2020」書籍部門最優秀賞受賞(『他者と働く』)。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。