10月14日、日本製鉄がトヨタ自動車と中国鉄鋼大手・宝山鋼鉄を訴えた。電動車に欠かせない虎の子製品、無方向性電磁鋼板に関する特許権を侵害されたというのが、表向きの提訴理由だ。だが実は、日本製鉄とトヨタの公開喧嘩の背景には、単なる特許侵害にとどまらない根深い「対立点」がある。特集『脱炭素地獄』(全19回)の#2では、2年に及ぶ全面戦争の内幕を暴く。(ダイヤモンド編集部 新井美江子)
日本製鉄のトヨタ・宝鋼提訴は
単純な「技術特許争い」ではない
10月14日、産業界を揺るがす大事件が勃発した。日本製鉄がトヨタ自動車と、鉄鋼世界最大手・中国宝武鋼鉄集団の中核会社である宝山鋼鉄(宝鋼)を訴えたのだ。電動車に欠かせない虎の子製品「無方向性電磁鋼板」に関する特許権を侵害されたというのが、その理由である。
特許侵害製品を販売したライバル鉄鋼メーカーのみならず、その製品を使用した自動車メーカーまで訴えるのは、素材メーカーにとって異例の決断だ。しかも相手は日本製鉄にとって最大級の顧客のトヨタである。
だが、電磁鋼板を巡る日本製鉄とトヨタのタフな交渉は今に始まったことではない。
発端は約2年前にさかのぼる。自動車業界で電動化の波が一気に高まりつつあった頃のことだ。トヨタはこの世界の潮流に対応するため、電磁鋼板の供給量を増やすよう日本製鉄に打診した。
電磁鋼板は鉄鋼製品の中でも、技術的に非常に難易度の高い製品だ。日本製鉄は、世界初の量産ハイブリッド車である初代プリウス向けの電磁鋼板を納入するなど、トヨタと“一蓮托生”の関係を築いてきた。
そうした経緯があったことから、日本製鉄はトヨタの供給アップ要請を前向きに受け取った。ただし日本製鉄は、供給増に応える代わりにトヨタに一つだけ要求したことがあった。電磁鋼板の値上げだ。
まず、世界的な電動車の急増などにより電磁鋼板の需給がタイトになっていた。また、当時の日本製鉄は赤字覚悟の安値で電磁鋼板をトヨタに納入しており、この機に取引価格を適正水準に戻したかったというのは大きい。これで、両社に確執が残ったのも事実である。
それから2年。世界的な脱炭素シフトが、両社の対立をより深刻化させることになった。
今回の提訴理由は、表向きは特許侵害ということになっている。だがその背景には、かつて日本製鉄が韓国鉄鋼大手・ポスコを秘密情報の盗用を理由に提訴したときとは“異次元レベルの大問題”が横たわっている。
目下のところ、日本製鉄とトヨタには相手に対する不満・不信のマグマが蓄積しており、技術流出問題は「氷山の一角」でしかない。だからこそ、両社の関係はこじれにこじれ、表舞台で全面対決せざるを得なくなったのだ。
鉄鋼、自動車のトップメーカーに、いったい何が起こっているのか。2年に及ぶ全面戦争の内幕を暴いていこう。