「表現するよろこび」の
さまざまな形を追求する

末永 学校の授業でも、きちんと作品をつくりあげようというこれまでの授業から離れてみました。作品の完成が目的ではなく、その過程にある自分の興味・関心は何か、あるいは自分がもっている疑問は何かを考えて根っこを伸ばしていくことに力点をおいた授業を展開するようになりました。それが現在行っている「アート思考の授業」の原型です。

価値ある仕事は「上位目標」から生まれる

小野 そうした発想は非常に面白いですし、広がりもあってすばらしいですね。末永さんは、ぺんてるのコーポレートメッセージ「“正解からはみだそう” “表現するよろこびをはぐくむ” ために。」を、どうお感じでしょうか?

末永 私も授業でつねに思っていることですし、素敵なビジョンだと思います。どんな思いでこのビジョンを設定されたのか、お聞きかせいただけますか?

小野 われわれはメーカーですから、「表現のための道具をつくる」ところからスタートしました。ですが、2013年に「感じるままに、想いをかたちにできる道具をつくり、表現するよろこびをはぐくみます。」というビジョンにしたんです。

 たとえば、あるお客様からこんな手紙をいただいたことがあります。その方は昔から「大空」に対する憧れを持っていて、子どもの頃に「ぺんてるくれよん」で空を描いていたそうです。そして、その夢を実現して航空会社に就職されたので、「ぺんてるさんのまいたタネは、こんなところでも芽ばえていますよ」というメッセージをわざわざ送ってくださったんですよ。これはわれわれが目指している「表現するよろこび」を象徴する話だなと思いましたね。

 また、当社はアイライナーの生産も始めました。自分の顔をお化粧するということも「表現するよろこび」を違った角度でとらえたものだと思っています。今まで考えてきた「表現するよろこび」は当然追い求めていきますが、こんなふうにいろいろな形の「表現するよろこび」を発展させていきたいと考えています。

末永 面白いですね! クレヨンというのは「表現するよろこび」を実現するための1つの手段でしかない。「クレヨンをつくること」それ自体が目的なのではなく、つねに大きな上位目標やビジョンに立ち返って、アイライナーのような商品が生まれてくるのは、とてもすばらしいことだと思います。

第2回に続く

◆対談者プロフィール◆
小野裕之(おの・ひろゆき)
ぺんてる株式会社代表取締役社長
1958年生まれ。東京理科大学理工学部卒業。1982年、ぺんてる入社。1989年よりユーロぺんてるに出向し、1997には欧州統括本部財務統括管理部長に就任。その後、工場管理部次長、経営戦略室長、執行役員、取締役生産本部長などを経て、2020年より現職。

末永幸歩(すえなが・ゆきほ)
美術教師/浦和大学こども学部講師/東京学芸大学個人研究員/アーティスト
東京都出身。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。「絵を描く」「ものをつくる」「美術史の知識を得る」といった知識・技術偏重型の美術教育に問題意識を持ち、アートを通して「ものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を、東京学芸大学附属国際中等教育学校や都内公立中学校で展開。生徒たちからは「美術がこんなに楽しかったなんて!」「物事を考えるための基本がわかる授業」と大きな反響を得ている。
自らもアーティスト活動を行うとともに、内発的な興味・好奇心・疑問から創造的な活動を育む子ども向けのアートワークショップや、出張授業・研修・講演など、大人に向けたアートの授業も行っている。初の著書『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)が16万部超のベストセラーに。オンラインで受講できるUdemy講座「大人こそ受けたい『アート思考』の授業──瀬戸内海に浮かぶアートの島・直島で3つの力を磨く」を2021年5月に開講。