デロイト トーマツ コンサルティングが、競合他社に転職した元役員に社員を引き抜かれたとして損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は元役員に賠償を命じた。転職が日常茶飯事のコンサル業界で、異例ともいえる“引き抜き禁止令”が下されたのはなぜか。およそ10回にわたり公開予定の特集『勝ち組に死角!コンサル大乱戦』の#1では、判決を基に、現場で繰り広げられた激しい懐柔や圧力の様子に加え、「なりすましメール」まで飛び交う壮絶な引き抜き工作の一部始終を明かす。(ダイヤモンド編集部編集委員 名古屋和希)
被告は「経済安保」の第一人者
一審は「背信的」引き抜きと認定
「この度の判決は司法による正当な判断が下されたものと受け止めております」
デロイト トーマツ コンサルティングは2月16日、悪質な引き抜きがあったとして、元役員に約5000万円の支払いを命じた東京地裁の判決を全面的に評価するコメントを出した。
一方、元役員側は判決を不服として控訴した。コンサル大手が絡んだ訴訟は、控訴審に舞台を移す。
この訴訟は業界関係者の間で注目を集めてきた。理由は大きく二つある。一つが、引き抜きという行為の是非が争点となったことだ。業界では、他社に転職した上司の元に部下が移ることも珍しくはない。
かつてデロイトに籍を置いたこともあるコンサルタントですら「引き抜きはよくある話。そもそも訴訟に発展したこと自体が驚きだ」と打ち明ける。
もう一つが、訴訟の当事者である。今回、デロイトは直接的に訴えたわけではないが、元役員が移籍した同じビッグ4の一角、EYストラテジー・アンド・コンサルティングと事を構えるような格好となった。
だが、コンサル部門ではデロイトは同じビッグ4でもEYには大きく水をあけてきた。大が小を訴える構図に、業界内では「嫌がらせ」との見方すら上がったほどだ。
訴えられた側も大物だ。引き抜きをしたとして、被告になったのは、デロイトの元業務執行役員だった國分俊史氏である。
「経済安全保障」研究の第一人者として名高い國分氏は、多摩大学ルール形成戦略研究所長を務め、政界にも太いパイプを持つとされる。
このビッグネームの間で争われた引き抜き行為とは何か。判決によれば、國分氏は2018年11月にデロイトからEYに移籍し、翌19年には國分氏の部下ら4人もEYに転じた。
争点となったのは、その4人の移籍が悪質な引き抜きによるものだったか否かである。
そして、東京地裁はこう認定した。「単なる勧誘行為にとどまるものではなく、社会的相当性を逸脱した背信的な引き抜き行為」。
今後、一審判決が覆る可能性はもちろんあるが、現時点では國分氏側が不当な引き抜き工作をしたと認定された。
では、「背信的」とまで評されるに至った具体的な引き抜き工作とは。一審判決では、天才ハッカーまで登場し、国家間の安全保障の問題にも議論が踏み込まれている。さらに、激しい懐柔や圧力など、当事者間で繰り広げられた生々しいやりとりが明かされた。
次ページからは「なりすましメール」すらも飛び交った壮絶な引き抜き工作の実態を明らかにする。