食品などの値上げが相次いでいる。サプライチェーンの先進国への回帰、労働者への分配強化などもあり、日本においてもインフレが定着し、これまでのデフレ思考がインフレ思考へと転換する公算が大きい。それは日本株に対しても大きな変化をもたらすだろう。(クレディ・スイス証券株式会社 プライベート・バンキング チーフ・インベストメント・オフィサー・ジャパン〈日本最高投資責任者〉 松本聡一郎)
賃金に上昇期待がないことが
潜在的デフレ圧力に
値上げラッシュだ。6月に入り、生活に必要な食品などの値上げが次々と発表されている。農産物、エネルギー、鉱物など一次産品の国際市況が上昇し、円安が進んでいるので、値上げは仕方ないのだろう。
ただ、これまでも国際市況の値上がりは何度か経験してきたし、数年で30%を超える円の値下がりも経験した。一方で、この30年余りで日本の賃金は大きく下がり続け、結果として国内物価の安定に寄与したといえるだろう。
アベノミクス以前は有効求人倍率が1倍を下回っており、就職難で賃金が下がるのも理解しやすい。しかし、アベノミクス以降有効求人倍率が1倍を大きく上回り、人手不足が深刻化するにもかかわらず、賃金が上昇する気配は生じてこなかった。
背景の一つに、労働市場にこれまであまり見られなかった参加者が登場したことが挙げられるだろう。
女性や高齢者である。少子高齢化による労働人口減少を補うため、女性や高年齢層の就労を後押しする動きが活発化した。アベノミクスによる労働市場の改善効果もあり、結果として被雇用者数は反転上昇に向かい、コロナ直前には過去最高水準に達した。
安倍政権が進めてきた少子高齢化に対応するための政策として、女性や高年齢層(55歳~64歳)の就労を促す政策には、納得感がある。ただ企業は、この新たな参加者を能力や経験にかかわらず、安価な労働者として受け入れ、既存の労働者を含め、全体の賃金水準の引き下げに活用した。
個々の企業にとっては、生産性の維持とコストカットを両立させる妙案のように思えるが、賃金に上昇期待が生まれないことは日本経済の潜在的なデフレ圧力になってきた。
しかし、そうした状況は変わりつつある。インフレ圧力が高まりつつある。その背景を次ページからひもといていく。