グローバル化を背景としたディスインフレの時代は終わり、さまざまな供給制約の下でのインフレの時代が到来する。こうした構造変化が進む過程でこそイノベーションをもたらす企業は生まれる。そのために必要な社会の条件は何かを解き明かす。(クレディ・スイス証券株式会社 プライベート・バンキング チーフ・インベストメント・オフィサー・ジャパン〈日本最高投資責任者〉松本聡一郎)
グローバル化の時代は終わり
供給制約の下インフレが高進する時代へ
暑い、まだ6月(本稿執筆時点)だというのに。このタイミングでエアコンが故障、慌てて家電量販店に駆け込んだ。
そこで目にしたのは、入荷待ちの札である。大半のモデルは7月入荷、8月入荷の札が貼られている。背に腹は代えられず、在庫のある最上位機種から気に入ったメーカのものを選択した。
見渡すと量販店の商談テーブルは、満席である。物不足で販売台数は伸びないかもしれないが、上位機種が売れるのなら利益率は上昇するだろうと一人で納得、思わぬところでグローバルのサプライチェーンひっ迫を実感した。
先進諸国では、供給体制の回復が道半ばの状況で経済活動が再開され力強い潜在需要が解き放たれ、需要と供給のバランスは一気に供給不足となり、需要超過で価格は上昇しインフレ率は高進している。
パンデミック初期に、マスク争奪戦があったが、こちらはパニック的な需要の爆発に供給が追い付かず、マスク1枚が数百円で販売された時期もあった。
経済のグローバル化が進み、新興国で低コストでの生産拡大が可能となり、グローバルなサプライチェーンが整備され、私たちは世界中から欲しいものが欲しいときに手に入ることに慣れてしまった。
この時代、供給の制約に関する警戒は後退、経済運営では需要対策に注目が集中していった。景気対策では需要を刺激するために、財政支出拡大や金融緩和が繰り返されたが、潤沢にある潜在的供給余力のためインフレ圧力はそれほど高まらなかった。
結果として、経済の高成長は維持され、金利は低下基調が続いた。問題というと、需要刺激対策が長期化し金余りとなり、資産バブルが発生したことだろう。しかし、この問題も財政出動と金融緩和で乗り切り、結果として株価上昇と長期金利低下が続き、債務は膨張したが、インフレは低く安定していた。
このディスインフレと言われた状況は、供給制約が顕在化し始め、大きな転換点に立っている。供給面での制約をもたらしている要因は、パンデミックによる生産・物流の混乱による影響だけではなくなっている。
先進諸国では、国内生産の空洞化などで拡大した中間層の没落や貧富の格差是正への取り組みが重要な政治課題となり、生産拠点の海外移転を抑制し始めている。
加えて、ロシアのウクライナ侵攻により鮮明になりつつある民主主義と権威主義の対立や安全保障への関心の高まりは、グローバルなサプライチェーンの展開にとって制約要件となるなど、より長期的な要素が影響し始めている。
また主要国での労働人口減少と高齢化の進展は、生産の国内回帰による供給増を困難にし、先進諸国の潜在成長率を低下させている。
この供給面での制約により、需要を刺激しすぎるとインフレが高進するようになっている。このため、これから世界経済は以前のように好況と不況のサイクルが戻り、より緩やかな成長になるだろう。
国家間での経済競争で優位に立つには、この制約の下、生産性を高め、相対的な成長力を高める工夫が求められている。
生産性を高めるために必要なイノベーションをもたらす企業が生まれるために求められる社会の条件は何か。次ページ以降、解き明かしていく。