行政訴訟の第一人者が
訴訟代理人に

 全マ協は近海はえ縄漁船を対象とする国管理のクロマグロIQがスタートした2022年1月、IQの取り消しや計算方式の見直しを求める訴訟を起こしている。訴訟代理人は阿部泰隆弁護士(神戸大名誉教授)だ。「ふるさと納税」で多額の寄付を集めた大阪府泉佐野市に対する国の特別交付税減額措置は違法だとする訴訟などで国に勝訴した実績もある行政訴訟の第一人者である。

 訴状では、十分な予告期間もないまま、過去3年の漁獲実績をもとにIQを決めるのは「信頼保護の原則、予測可能性の原則、訴求立法禁止の原則という法治国家の大原則に違反し、財産権・営業の自由を過度に侵害し、違憲・違法である」と水産庁によるIQ導入の手順を批判している。

 全マ協はマグロを獲らない漁船にも一定数量の枠を一律に配分し、国からもらったその枠を使わずそのまま転売できてしまう仕組みの不合理も突いている。

 11月の資源管理分科会資料として公表された阿部弁護士らのメモは、過去3年間の実績を軸にしながらも30%を漁獲実績のない船にも均等割りする仕組みも取り入れた水産庁のIQ算定方式について、以下のように批判している。

「漁獲していない漁船の将来の漁獲を重視し、逆に新規参入という理由で漁獲能力・実績があり将来の見通しも明るい方が軽視されるのは不公平で、漁獲実績を勘案すべきとする漁業法の下の委任の範囲を超える」

「近かつ協所属船はIQ枠をもらってもマグロ漁をしない船が87隻(35%)もあり、その漁船はIQを売却できて濡れ手に粟のもうけである。われわれ(全マ協)は多額の出費をして購入せざるを得ないので儲けが出るかも不明だ」

 そのメモでは、近かつ所属船から全マ協所属船へIQ枠2トンを300万円(1キログラムあたり1500円)で有償譲渡した例が紹介されている。

資源への悪影響が大きい
“まき網漁業”が手加減されている?

 日本でも外国でもクロマグロは値段が高くても飛ぶように売れる人気の魚だから、その漁獲枠も売ろうと思えば売れるだけの価値がある。漁業者にとっては財産だ。

 しかし、その配分を見れば一目瞭然だが、マグロの中でも特に高い値段で売れる大型魚(30キログラム以上)の枠の大半は、大中型まき網漁業のものだ。

 この漁法は海の中を群れで回遊するクロマグロを文字通り一網打尽にするため、マグロの資源量に対するインパクトが最も大きい。

 中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)は2002年から2004年(基準期間)の漁獲実績をもとにクロマグロの漁獲量を削減ないし抑制することを合意し、日本もその約束を実行している。

 まき網から沿岸漁業まで基準期間は同じだが、1990年代に大中型まき網漁業が太平洋クロマグロの漁獲を激増させて、資源悪化を招いたことをあまり考慮していない。

 小型魚の漁獲を半減する措置が始まった2015年、水産庁は日本のクロマグロ小型魚の漁獲上限4007トンのうち2000トンを大中型まき網漁業に振り向けた。

 WCPFC合意に基づいて算出した削減後の基準値2272トンよりは少ないので、水産庁は「大中型まき網は沿岸漁業よりも削減幅が大きい」と主張してきた。

 しかし、資源に与えた悪影響を考えるとき、わずか1割程度の枠返上では済まないほどだ。

 WCPFCに助言する科学者らのクロマグロ資源に対する漁業別のインパクト分析によると、日本周辺の西部太平洋のまき網漁業による小型魚漁獲の比重は、1995年に8.6%だったものが2000年には29.4%に跳ね上がり、その後も規制導入前の2010年には41.2%にまで上昇していた。

 対照的に西部太平洋の沿岸漁業のインパクトは1995年に48.6%、2000年に38.7%、2010年には30%にまで低下していた。

 この分析結果を勘案すれば、まき網漁業による小型魚漁獲量は基準期間の実績から半減させるどころか、そこからさらに半減させる必要さえあったかもしれない。それなのに水産庁はインパクト分析を反映した案を作りもせず、まき網漁業の上限を切りがよい数字の2000トンに決めてしまった。

 そして、まき網向け小型魚2000トンの枠を決めた水産庁の担当課長は、のちにその枠の大半を利用する九州のまき網漁業団体のトップとして天下り、現在もそのポストにいる。

 まき網漁船の小型魚の漁獲枠は減っているように見えるが、国の留保枠として返上したのはわずか250トンで残りは大型魚の漁獲枠へと振り替わっている。