現場に溶け込む
「弟子入り」マインド

 石岡さんにとって「現場に溶けよ」とは、「弟子入り」と同義だ。エレベーターの現場は、特殊な技術が求められる職人の世界でもある。

「学ぶ姿勢を見せること。分からないことは正直に分からないと伝えて教えてもらうこと。現場を見せていただいた後に、『私なりにこう理解しましたがどうでしょうか』と聞くと、『それはちょっと違うよ』などと、会話の糸口が開けることも多いです」(石岡さん)

 ポイントは、単なる現場見学や「お忙しい中、教えてくれてありがとうございます」に終わらず、学んだこと、体験したことを自分なりに咀嚼し、会話のキャッチボールを楽しむことにあるようだ。

 石岡さんのマネージャーにあたる小庵寺良剛さん(デジタルイノベーション本部テクノロジー研究部部長)は、石岡さんの情熱を称え、関連部署や責任者との調整、全社展開時の窓口役を買って出ている。前回ワークマンの取材でも感じたことだが、マネージャーの役割は、部下を管理することでも、ましてや偉そうにすることでもない。チームメンバーをリスペクトし、やりたいことに全力で取り組めるよう、障壁を取り除き、足場を固めるサポートをすることだ。

石岡さんと小庵寺さん Photo by Mayumi Sakai石岡さんと小庵寺さん Photo by Mayumi Sakai

新しい取り組みは、
無理に説得しないことも大事

 石岡さんは、「新しい取り組みは、説明こそすれど、説得はしないようにしている」と言う。不便なものを最適化し続けて今があるとすれば、現時点では今のやり方が一番だと感じている人も多い。そこを無理に変えるより、「こっちのほうが便利かもしれない」と自分で気付かせるほうが有効だという。

「2015年、PoCを始めた頃は、スマートグラスに興味を持つ人はほぼいませんでした。『視界が遮られてしまうのでは』とか『会話しながら作業するのは危ないでしょう』と心配する声のほうが多かったのです。一方で、現場では私物のスマホを業務利用するBYOD(Bring your own device)を始めたところでした。整備内容を電話で伝えるだけではなく、スマホで撮って情報共有できるようになったんです。みんなが『対応がものすごく早くなった』と喜んでくれました。ここで『スマートグラスのほうがハンズフリーで楽だよ』と言ってもなかなか賛同は得られないですよね。でも、みんながスマホに慣れてきたら、そのうち何人かがスマートグラスの便利さに気付いてくれるだろうなと、検証を続けて待っていました」

 ずっと現場に溶け込んできたからこそ、石岡さんにはそんな未来が見えたのだろう。

「社内でチャットを推奨し始めたときも、一部の若手は『上司とチャットは気後れする……』と言っていました。でも、いざチャットの便利さを体験したら『え、そんなこと言いましたっけ?』と、嫌がっていたことなんかすっかり忘れているんです。ですから、慣れるまでそっとしておきます」

 それでも抵抗する人はいないのだろうか。「慣れてきても嫌そうだったら、そのとき対策を考えればいいかな」。そう言って石岡さんは笑った。