今回の法改正では何が変わるのか。

 下図を見てほしい。まず、(1)マイナンバーそのものの使い方を拡張することだ(下図参照)。これまでのマイナンバーの利用は、税・社会保障・災害対策の3用途のみで、その用途の中でも利用できる主体と内容が全てリスト化されていた。それが3分野以外にも広がる。今回は、このリストに3分野以外から新たに、美容師や建築士などの国家資格保持者が、これまでのように書類を事務所に提出せずとも、マイナンバーカードを利用して自宅から届け出ができる――などのような使い方が追加される。このように用途を追加するにはその都度法改正が必要になる。

 加えて、(2)「他の省庁などのデータベースが持つ国民の個人情報を、マイナンバーとひも付けて照会する」ということについてだ。これまでは(1)と同様にできることがリスト化され、何か追加するには法改正が必要だったが、これを政省令に落とし、法改正を不要とする。そして、実際に情報連携や照会が行われた場合は、個人が自分のマイナポータルから確認することができる。

 専門家が事前に危惧していたのが、(1)の用途の追加が、法改正など表から見える動きなしになし崩しに行われることだった。与党一部にはより「積極的」な活用を推し進める動きもあったもようだが、今回は小幅な改変に終わった。

 実は、マイナンバーには、新型コロナウイルス感染拡大時の定額給付金の支給の際には法律の壁があって使えなかったという「前科」がある。マイナンバーをより機動的に、必要なときに使えるようにする、という意図による改正であれば、一応はまっとうである。

取得しなければ給食無償化にならない?
野放図に広がる「カードの活用拡大」

 だが今回の法改正、そしてマイナンバーカードの運用にはまだまだ危ういところが残る。後者の典型が、今回浮上した保険証との統合だろう。つまり、「個人認証カード」としての用途の拡大である。

 保険証は、保険組合加入資格を失った後でも続けて利用したり、他人の保険証を使い回したり、などの不正利用が問題になっていた。そのため、個人認証の機能が付いたマイナンバーカードならそうした不正利用を防げる、というのが統一の目的だ。だが「複数の機能がカード一枚に集中すれば、利便性は増すがセキュリティ上は危うくなる。その知識を得た上で、取得・非取得については自由に選択できるというのがマイナンバーカードの初期設計の趣旨であったはず」と鈴木正朝・新潟大学教授は指摘する。

 実際に、こうした個人認証などのさまざまな機能が入ってしまっているマイナンバーカードでは、保険証として利用者から預かることができなくなるとして、老人ホームや入院患者を抱える病院などが反対の声を上げている。

 また、国から地方自治体への交付金がマイナンバーカードの普及率とひも付けられるということもあり、岡山県備前市がマイナンバーカードの取得を、給食無償化や保育園無償化などの条件にしようとした(現在は撤回を表明)ことも批判を浴びた。住民利害を無視して首長の政治的思惑が先行するということが実際に起きた。

 そしてこれは、マイナンバーとマイナンバーカード両方に共通することだが、「何のために普及させようとしているのか、利用することで国民にどんなメリットがあるのか」の全体的な青写真がまったく示されていないのだ。

 マイナンバー法が最初に制定されたときの内閣官房メンバーの一人だった水町雅子弁護士は「これまで、税・社会保障・災害対策の分野で、マイナンバーがどのように使われてきて、効果を上げてきたのか。また、コロナ対策ではマイナンバーを利用できなかったが、もし利用できていたらどのようなことが可能だったのか、などの利用実態に対しての情報公開・検証と、それに基づいた用途拡大、というステップが踏まれていない」と指摘する。

 さらに活用拡大のアクセルばかりが踏まれ、抑制やブレーキをかける方法も少ない。

 デジタル庁のマイナンバー検討ワーキンググループのメンバーである、武蔵大学の庄司昌彦教授は「自分の情報を政府に預けてそれが利用されることに対しては、年金記録問題や職員個人の不正などもあり、国民は不安感がある。政府の行動を監視し、けん制するためにも、具体的にどのようにマイナンバーが使われたのかをチェックする仕組みが必要だ」と言う。

 現在確認できるのは、データが元の機関から他機関に連携されたときのマイナポータルでの照会のみ。本来であれば、実際に自分の個人データにどの省庁の誰がいつアクセスしたのかが、全て分かるような形の方が納得感はある。

 カードの機能追加に関しても、半ば強制的に全ての機能を一枚に集めることのメリットとリスクは一向に説明されておらず、「使わない」という選択肢がそもそも与えられないのもおかしな話だ。「マイナンバーカードの普及率が100%になれば便利なサービスが自動的に生まれるわけではない。普及率が上がってどんな社会を目指しているのかがまず示されなければ、国民の納得感は得られない」(水町弁護士)。

 泥沼の政治問題と化してきたマイナンバーとマイナンバーカードを巡る騒動。これが国民生活のDXの切り札となれる日は果たして来るのだろうか。

Key Visual by Noriyo Shinoda, Graphic by Kaoru Kurata