半導体を制する者がEVを制す#5Photo:AP/AFLO

パナソニックホールディングスが電気自動車(EV)向け車載電池工場を米オクラホマ州に新設する検討を進めている。建設が実現すれば、すでに稼働しているネバダ州、建設中のカンザス州(投資金額約5400億円)に続き米国で三つ目の工場を建設することになる。車載用の角形電池部門を実質的にトヨタ自動車へ譲り渡して以降、失速気味だった車載電池事業が一転、大投資攻勢をかけているのだ。特集『半導体を制する者がEVを制す』の#5では、パナソニックがリスキーな巨額投資にまい進する理由を突き詰めると、思わぬ死角が浮き彫りになった。(ダイヤモンド編集部 村井令ニ、副編集長 浅島亮子)

米国補助金とJBIC外資融資が追い風
パナソニック電池投資の大攻勢

 パナソニックの車載電池事業に「二つの追い風」が吹いている。

 一つ目は、2022年に米国インフレ抑制法(IRA)が成立したことだ。IRAは過度なインフレの抑制とエネルギー安全保障の確保を目的としており、それを実現するためのクリーンエネルギープロジェクトに対して3700億ドル(約49.4兆円)もの予算が付いた。

 IRAを錦の御旗に、米国内で製造する電池工場に対して巨額の補助金が支給されることから、米国の各州では日韓中を中心とする車載電池メーカーの誘致合戦が繰り広げられている。

 パナソニックは、テスラ向けに「車載電池3工場」体制を整えようとしている。既存のネバダ州に加えて、二つ目をカンザス州に建設する予定で、三つ目をオクラホマ州に建設する検討にも入っている。このうち2工場の量産により、米国政府から補助金収入が見込めるようだ。

  すでにパナソニックはIRAメニューとは別にカンザス州から10年間で約8億2900万ドル(約1110億円)を受け取る予定になっているが、それに加えてIRA補助金が加算される。

 これまでに伝えられているところでは、米国で稼働する電池生産1GWh当たり35ドルの補助金が付く。2月時点の情報で単純試算したところ、ネバダ州の電池工場(約39GWh)で年13億ドル(約1740億円)、カンザス州の工場(約30GWh)で年10億ドル(約1340億円)を得ることができそうだ。

 二つ目は、4月に成立したばかりの国際協力銀行(JBIC)法の改正だ。これにより、日本企業のサプライチェーン(原材料・部品の供給網)を強化する目的が認められれば、外国企業に対しても融資することが可能になった。

 JBICの関根宏樹・経営企画部審議役は、「グローバル企業の間で、半導体や蓄電池、情報通信インフラ分野のサプライチェーンを強靭化するニーズが高まっている。日本企業の強みをより強くするために戦略的にJBICの融資を活用してほしい」と改正の狙いについて説明する。

 適用事例が固まるのはこれからの話だが、パナソニックの電池プロジェクトが融資対象の有力候補として挙がっているようだ。

  電池のサプライチェーンでは、「鉱物資源(リチウムなど)の生産」は特定国に、「鉱物資源の製錬工程」は中国に握られており、サプライチェーンの途絶リスクが高まっている。これらの日本が弱い工程に関して、米国やオーストラリアと連携することで「資源投資」や「製錬工程の組み替え」ができないかどうかが検討されている。ここに、外国企業への融資解禁という「新たなスキーム」は、これらの工程に関わる外国企業への融資を想定しているようだ。

 米国補助金と政府系金融機関という強力なサポートを得て、パナソニックは米国への巨額電池投資へまい進している。2020年に、車載用の角形電池部門を実質的にトヨタ自動車へ譲り渡して以降、失速気味だった車載電池事業が一転、大投資攻勢をかけているのだ。

 本来、“棚ぼた復活”を遂げることになったパナソニックは、笑いが止まらないはずだ。だが、あるパナソニック幹部は「米国への電池投資の傾注は痛し痒しで、課題は多い」と本音を打ち明ける。

 次ページでは、パナソニックが抱える「意外な死角」について解説していこう。