「世界で初めて『企業理念のつくり方・使い方』を体系化した本だ」「『業績が伸びていさえいれば万事OK』という時代が終わったいま、企業を理念でドライブするこんな新しい方法を探していた!」など、企業経営に携わる人々に高く評価されている書籍『理念経営2.0──会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』。
著者である佐宗邦威さんは、本書の執筆にあたってさまざまな企業の事例を参考にし、フリマアプリで有名なメルカリにも早くから注目していたという。スタートアップ時代から一貫して理念に基づいた経営を実践し、今年2月にはグループミッションを刷新したメルカリは、いったいどのように企業理念を活用しているのだろうか? 同社CHRO(最高人事責任者)の木下達夫さんと佐宗邦威さんによる対談をお送りする(第1回/全2回 構成:フェリックス清香 撮影:疋田千里)。

【メルカリ人事責任者に聞く】採用に強い会社に変わる「仕組み」づくり

かつては「仕組みをつくらないこと」にこだわっていた

佐宗邦威(以下、佐宗) 木下さんには数年前、メルカリのミッション・バリューの運用実態をお伺いしましたよね。「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」という当時のミッションを達成するために、「Go Bold(大胆にやろう)/All for One(全ては成功のために)/Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」の3つのバリューをとことん重視するというお話は非常に興味深く、『理念経営2.0』を書くときにも大いに参考にさせてもらいました。

 一方で、御社は今年2月にグループミッションを刷新なさいましたよね。今回は、ここ数年のメルカリの理念経営の取り組みと、新ミッションを発表してからの取り組みについてお聞きしたいと思っています。

木下達夫(以下、木下) 以前に佐宗さんとお話ししたのは、メルカリがいわば「村から町へ」という大きな方針転換をしていたタイミングでした。当時と比べても、メルカリは大きく変化しています。その一つが外国籍社員の増加です。

 私がメルカリに入社したのは2018年ですが、当時は全グループ社員1200人ほどのうち、外国籍の社員は100人くらいでした。今は、人数も割合も右肩上がりで増えていますし、国籍も多岐にわたります。2018年当時は外国籍のマネジメントはいませんでしたが、現在は全執行役員30人のうち、4人が外国籍です。

 もう一つの大きな変化は、会社の中で人がきちんと育ち、抜擢登用ができるようになってきたことです。2018年の時点では執行役員のうちの9割ほどが外部出身でしたが、今では内部登用の比率が7割を超えているんですよ。2018年に私と同時に新卒入社した方が、暗号資産・ブロックチェーン関連の事業会社「メルコイン」のCEOをやっていたりするんです。

佐宗 メルカリには「採用に強い会社」というイメージがあります。業界で活躍している人がどんどん入社していくなあと思っていましたが、内部からの登用もとても多くなったのですね。そこには何か施策があったのだと思いますし、さまざまな国籍の人々と一緒に働くための工夫もあったのだと予想します。そのあたりについても、ぜひ教えてください。

木下 そうなんです。創業後から数百人規模になるまでのメルカリでは「村」のように全員の顔と名前が一致していて、話し合いながら仕事をしてきました。そのころでもメルカリはずっとミッション・バリューを大事にしていましたから、「仕組み」をつくらないことにこだわっていたんです。

 何か問題があったら対話をし、バリューの一つである「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」を思い出して、プロとして個々に考えてほしかったからです。人事をやっているとどうしても仕組みをつくりたくなりますが、あえてそうせずに「暗黙知」の部分を強化していたんですよね。

 しかし、社員が1000人を超えて「村」が「町」になってくると、そうはいきません。消防署や警察署、郵便局などが必要になるのと同じように、それぞれの専門性に応じて組織を分けたりして、会社として正しい進化をすることが必要になります。

 この5年というのは、これまでの方針を転換して、ずっと暗黙知に留めてきたものを形式知=仕組みに落とし込む期間でした。そうやってつくってきた仕組みが功を奏して、海外人材をはじめとした多様な人材が働きやすい環境ができて、同時に多様な人材の抜擢登用も増えたのだと感じています。

【メルカリ人事責任者に聞く】採用に強い会社に変わる「仕組み」づくり
木下達夫(きのした・たつお)
P&Gジャパンに入社し採用・HRBP(HRビジネスパートナー)を経験。2001年日本GEに入社、北米・タイ勤務後、プラスチックス事業部でブラックベルト、HRBP、2007年に金融部門の人事部長、アジア組織人材開発責任者。2011年に8ヵ月間のサバティカル休職取得。2012年よりGEジャパン人事部長。2015年にマレーシアに赴任し、アジア太平洋地域の組織人材開発、事業部人事責任者を務めた。2018年12月にメルカリに入社、執行役員CHROに就任。