開業のメリットを住民に知ってもらうべく、松永医師のために奮闘したのは建設会社の担当者だった。この人物は地道に地域を回り、一人ひとり説得して全員から了解を取り付けたそうだ。

 だが、面倒事はこれだけでは終わらなかった。詳細は伏せるが、本書には開業後に生じたトラブルについても紹介されている。患者の一人から事実ではない理由でクレームをつけられ、弁護士を通した抗議にまで発展したというのだ。一念発起して開業を決めても、肝心の患者に反発されるケースもあるのが難しいところだ。

確かにメリットもあるが…
医師会の年会費が「計42万円」に

 悩みの種は意外なところにもある。

 大抵の開業医が会員となる「医師会」をご存じだろうか。情報交換などの相互扶助を行う職能団体で、医師向けの講習会や研修会を行っていたりする。

 本書によると、厚生労働省が公表している2020年の推計値では、全国の医師(勤務医・開業医含む)の約半数が日本医師会に加入している。また、2020年の日経メディカルのアンケート調査によれば、開業医の約90%が医師会に入っているという。

 松永医師のケースでは、医師会に入ろうとすると、千葉市医師会、千葉県医師会、日本医師会のすべてに加入しなければならず、さらに日本医師連盟にも加盟が求められた。すると、驚くことに各団体の年会費が計42万円にもなった。開業当時の貯金が約200万円だったにもかかわらず、コストがかさんでしまったのだ。

 もちろん、それだけの高額を支払うメリットもある。一番の利点は「情報」だ。毎週のように医療の最新情報が流れてくる。特にコロナ禍に入ってからは、ウイルスや感染状況などの情報が次々に送られてきたという。

 また、千葉市医師会の「小児科医会」のメーリングリスト(ML)では、診断や治療法について同業者に相談できる点が助かっているそうだ。

 勤務医とは違い、開業医は“同僚”がたくさんいるわけではない。クリニックで働いている医師は院長一人、もしくは数人だけのケースがほとんどだ。後者の場合も、各医師が異なる診療科だったりする。

 したがってMLは、貴重な「横のつながり」を作ってくれるツールだといえる。さまざまな情報や異なる知見を得られるだけでなく、孤独感、孤立感を和らげてくれるものでもあるのだろう。

 では、クリニックを開業する利点は何なのか。