「車の通行が多くなるのは困る」
周辺住民が意外な反対

医師会会費42万円、患者と弁護士沙汰…貯金200万円で開業医になった医師の赤裸々体験記【書評】患者が知らない開業医の本音』 松永 正訓 著、新潮社(新潮新書)、880円(税込)

 大学病院の小児外科で20年弱にわたって勤務医として働いた松永医師は、40歳で脳動脈瘤を発症。病棟勤務は無理だと判断され、大学病院を辞めざるを得なくなる。研究者としての道を探るが、どこにもポストがないと断られる。困った松永医師は、かつて某研究所で就職相談をした折に「開業医という選択肢もある」と教えられたことを思い出す。

 こうした経緯からすると、松永医師が開業したのは「他に道がないから仕方なく」であり、消去法で決めたように思えるだろう。

 だが彼は勤務医時代に「クリニックで診察してもらったけれども病名がわからず、いくつも他院を回っているうちに病状が悪化した」という患者を診る機会がしばしばあった。

 その経験を踏まえて「自分がクリニックの医師だったら病名がわかるので、そういった事態を防げるはず」と決意し、開業を決めたという。

 松永医師は「自身の病気で大学病院を辞めざるを得ない」という厳しい現実に直面したにもかかわらず、「医院をたらい回しにされる患者をなくしたい」という前向きな発想に切り替えたわけだ。

 何かを始める際に、このような「発想の転換」をするのは大事だと思う。

 こうして開業を決断した松永医師だが、当時の貯金は200万円ほど。物件の購入は難しいので、開業している先輩医師に教えてもらったリース会社に連絡を取ってみた。

 すると、面会した担当者が松永医師に提案したのは「建て貸し」。地主の了解を得た上で、空き地に自分の好きなように建物を造り、開業の後は地主に家賃を払い続ける、という方法だ。

 さんざん悩みながら土地を見つけ、契約にこぎ着けた松永医師だが、まさかの周辺住民から「建設反対」の声が上がった。新しくクリニックができると車の通行が増えるからだという。

 だが、建築予定の土地はもともと雑木林であり、夜は暗く、不法投棄もあった。いかがわしい店ならともかく、地域医療に貢献するクリニックにもかかわらず、地元には反対派が多かったのだ。